第53話「顔そり中の息止め記録はなかなか長時間①」
朝。体が痛くて目が覚めた。普段はベッドの柔らかいマットの上で寝ているのいくら干し草が敷いてあるとはいえ、体は痛む。体をさすりながら起きて周りを見る。粗末な木でできた小屋。見まごうことなき馬小屋だった。
隣を見るとオルエが熟睡している。冗談ではなく、こいつと朝チュンを迎えたわけだ。なにも間違いは起こってないけど。
それにしてもオルエは体が痛くないのだろうか。四、五天王の一人でひきこもりだったんから、ちゃんとした寝床で寝ていたに違いないから、こんな場所で眠るのには不慣れなはずだけど……とはいえ、どこでも眠れるという体質の人は確かにいるのでオルエもその一人なんだろう。
「おい、オルエ。起きろ。朝だぞ」
僕が体を揺さぶるとオルエは目を覚ました。
「え? あなた誰ですか? ここはどこ? 私は確か昨日酔いつぶれてそこから記憶が……はっ!」
するとオルエは勢いよく起き上がり、自分の体中を確かめるように手で確認をする。そして安心したように座り込んだ。
「よかった……服、ちゃんときてる。着衣に乱れもない」
「なんにもするわけねえだろ!」
「酔いつぶれて見知らぬ人の家で目覚めるごっこしてただけなのに、ノリ悪いなぁ」
「起きて早々にそれができるお前が恐ろしいわ」
まったくもって油断できない。今日もオルエが数々ボケるのかと思うと思いやられる。
そんなわけで僕たちは仕事場へ向かった。仕事内容は昨日と同じ、レンガ運びがメインの重労働である。一輪車にレンガを乗せてせっせと運ぶ。二日目となれば職人さんとも仲良くなり、話しながらレンガを配れるので、気持ち的に楽である。あくまでも気持ち的にだから。
なんどか往復したところで、前日と同じく、木陰で座り込み休んでいるオルエを見かけた。サボってはいるが、汗だくの様子をみれば、単純に体力切れなのだろう。
僕が近づくと険しい顔でこちらを見てくる。肩で息をしながら、ヨロヨロと立ち上がり、レンガを一輪車へ積み込み始めた。昨日、メガネに誓うと言ったばかりなので、割と頑張ろうとしているのはわかったので、今回は見て見ぬふりをした。
しばらくして、レンガを補給するために戻ろうとした時、近くで盛大にレンガを一輪車から落ちるような音が聞こえてきた。音がする方へ眼を向けると、オルエが体力の限界が来たのか、一輪車で運んでいる途中で横転させたらしかった。
僕が駆け寄ろうとすると、現場監督者からオルエに叱責が飛ぶ。
「おい! メガネ! なにやってんだ! レンガはタダじゃないんだぞ! 金もらってるならちゃんと運べ! この役立たず!」
注意した監督者をオルエはまっすぐに睨みつけていた。
「なんだその眼は! まずはレンガを拾え! レンガは金と同じなんだよ!」
遠くからでも歯を食いしばっているのがわかった。握られた拳をよく見ると、黒い雲のようなものがまとわりつき始めている。魔王軍幹部が街の一市民に怒鳴られる屈辱。オルエの気持ちは推して知るべしだ。
まさか、僕に食らわせたような弓矢を監督者に食らわせるつもりじゃないだろうな! 僕はオルエの元へ走り出した。とはいえ、間に合いそうにない。ここから大声出して監督者を逃げさせるしかない!
そう思った矢先、オルエの拳にまとわりついていた黒いモヤのようなものは離散した。
「わかりました。すいません」
オルエは黙ってレンガを拾い始めた。信じられない。街の衛兵にまで喧嘩を売ったオルエが、あきらかに衛兵より弱そうな人間の一市民に従うはずがないのに……
その後も、オルエは何度か一輪車を横転させた。その度に叱責をくらい、その度に黙ってレンガを拾いあげた。
お金のためとはいえ、オルエが少し気の毒に思えた。僕が近づこうとすると、遠くから手で制して「手出し無用」と言わんばかりの態度を見せる。僕はそれ以上近づくことが出来なかった。
そんなこんなで二日目が終わり、今日も親方の馬小屋で眠ることになった。オルエは精魂尽きたと言わんばかりに、戻ってきたら。何も言わずに干し草の上に寝転んで、すぐに眠ってしまった。
思わぬオルエの頑張りを見て、僕は不覚にもオルエの態度を心の中で褒めた。
とにかく、前日に比べて労働の一日だった。




