第51話「カット直後が完成形とは限らない④」
父は髪型に特に触れることなく、ソファに座った。僕も続いてソファに座る。
ソファに座り向かい合うディーンの髪型二人。自分で言うのも変だけど、明らかにおかしな構図だ。
自分の頭は自分では見られないので、改めて父親の髪型を見る。なかなか威圧感のある髪型のような気がした。
おそらく、この短時間におっちゃんの店に行ったのだろう。そしてこの髪型にしてきた。おっちゃん、一体何を考えているんだよ。僕の応援をしてくれるんじゃなかったのかよ。
もうおっちゃんの口から僕の話を聞いているのではないのか。それじゃあ、僕が言う意味ってあるのか……。なかば裏切られたような気持ちに陥りそうになった時。
「心配するな。アイツからは何も聞いていない」
僕の気持ちを見透かすように父は言った。
再び沈黙が二人の間を包んだ。僕は現状に戸惑いながら、少しずつ整理しようと頭を巡らせる。ホントに思い通りにならない。まさか父親に裏拳をかまし、さらに裏拳をかまされ、最後には父親が同じ髪型して帰ってくるとは思わないだろ。
それにしてもなんでわざわざこの髪型にしてきたのだろうか。嫌がらせ?
父がこの髪型にした意味を考える。僕の場合は、おっちゃんが僕に勇気を出して本心を言えるように後押ししてくれた髪型だ。
『お前の意思表示。語らずとも姿が語ってる。髪型とはそういう効果もある』
おっちゃんはそう言った。言葉で語らずとも、ディーンを見ればわかる。父さんも気合いを入れてきたってことなんだ。つまりは真剣に正面から話を聞いてくれるってことだ。「だめだ」とか「どうせ」だとか思わず、思い切り言おう。
父の髪型に報いるために。僕は小さく息を吸い込んだ。
「僕、学校辞める。公立の中学校に通うよ。医者になることも一旦白紙にしたい。もっと色々なものを見てから、誰かに決められるんじゃなくて、自分の意思を決めたいんだ」
一気に、だけど静かに、僕は自分の気持ちを伝えた。父は目をつむり、僕の話を遮ることなく、やや俯き加減で話を聞いてくれた。
そして父が黙ること数十秒後、空気が揺れた。
「……わかった」
父は一言そういった。もっと怒られるかと思ったらそうでもなかった。
たった一言だけど、それだけで十分だった。聞き流してくれたわけではない、それは髪型をセットしてくれた段階でわかる。もしかしたら、父の一言だけでは不安になったかもしれない。僕は父の髪型をセットしてくれたおっちゃんに感謝した。
「話終わった?」
母親が居間に入ってくる。同じ髪型をした僕と父を見て、母は笑い転げた。僕と父は赤面したまま笑っている母を見届けることしかできなかった。
こうして僕は私立中学を退学して公立の中学校に通うことになった。一度決めてしまえば淡々と物事は進んでいく。滞っていた日々がなんだったんだろうか思うほどだった。
だけど、滞ってた日々も、堰き止められた川のようにどんどん水が溜まっていき、堰が壊れた瞬間、一気に流れていくのと同じなのかもしれない。




