第50話「カット直後が完成形とは限らない③」
緊張状態がずっと続いている。というか一時間を経過して、すでに疲れがで始めた。母は相変わらずニコニコしながら僕を、というより、僕の頭をジッと見つめていた。
「お菓子食べる?」
母は僕にハッピー●ーンを進めてくる。全然ハッピーではない僕に! だけど、勧められた以上は一口食べてみた。やっぱり美味しい。この粉は悪魔の粉だな。
それにしても母さんってこんなに明るい人だったっけ。ここ一年それほど長く会話していなかったから、前の母さんがどんなだったかを思い出せないでいた。
「お父さんに大事な話っていうから、なんか楽しくなっちゃって」
人の不幸を楽しむ親とは……僕が半ば呆れていると、母は気にもしない様子で話を続けた。
「だって、今から新しいスタートが切れるんでしょ? 楽しみじゃない」
母の言葉に僕は反応できなかった。確かに母の言う通りなんだけど、両親は僕の意見には反対すると思っていたから。
でも、考えてみれば母は僕が塞ぎ込んでいた時も「フリースクールに行けばいい」とか言ってくれてた。あの時すでに別の道があるよと言ってくれてたのかもしれない。
だけど、あの時は僕の準備ができていなかった。だから素直に聞けなかったのかもしれない。
『父親ばかりを見るな』とおっちゃんは言った。
今なら少しわかる。母はいつも僕の応援をしてくれていたのかもしれない。だから、変わろうとする僕を外見から行動から感じて喜んでいるんだ。視界に入らなかった母親が今、はっきりと見えた気がした。
母はそのまま夕飯の支度をすると言ってキッチンへと移動した。僕はさらに父を待つことになった。
それから三十分ほど経った頃、居間のドアがノックされた。父が戻ってきたのだ。心の準備ができたのだろうか。居間に入ってくるのを待つ。しかし、一向に入ってくる気配はない。
再びノックの音がした。僕はドアを見て父を待った。それでもドアが開く様子はない。なんなのだ。僕は緊張しながらノブに手をかけて、ドアを開いた。
「ふごっ!」
ドアが開いたと同時に、僕の顔面に何かがぶつかってきた。鈍い痛みが額に伝わり、僕は思わずうずくまってしまう。
「はい、おあいこ」
僕の頭上から聞こえる声。声の主はおそらく父だった。わけがわからずうずくまる僕もようやく理解する。さっき僕がやったお返しかよ!
僕は額をさすりながら立ち上がる。やはり目の前には父親が立っていた。
「待たせたな」
そう言った父の顔から目が離せない。いや、正確には頭から目が離せない。
なんと、父の髪型はポマードでがっちり固めたオールバック、前髪はふんわりとしたオールバック。
まさしく、ディーンの髪型だった。
「さぁ、話を聞こうか」




