第5話「自分の希望を伝えなければ、希望のヘアスタイルには近づけない。人生なんてそんなもの①」
魔王は咳ばらいをして、場を整えようとした。
「かなり話が脱線してしまったが、話を戻そう。私の髪を切って欲しいのだ」
「魔王様! 第3・4話を亡きモノにしようとしましたね!」
「第3・4話とはなんのことだ。お前がいつも話の腰を折るからだ」
このままこの二人に話をさせては、話が進まない気がする。僕が積極的に話を進める必要がありそうだ。
「魔王ラストボースト。なぜ、僕が髪を切るという話に?」
「最近、すっかり髪が伸びてしまってとうとう床を擦るようになったのだ。そこで髪を切ることができる者を探していたのだ。もちろん魔王領内でも散髪を生業にする者はいる。しかし、誰も私の髪を切ることはできないと断るのだ」
「どうしてです?」
すると魔王は少し言い淀むような表情を見せて視線を反らした。
「魔物の誰かが切れば、その者が魔王側付きの散髪師になる。すると周りの嫉妬や反感を買ってしまいかねない。つまりはパワーバランスを考慮して、皆が遠慮しているというわけだ」
なるほどな。魔王軍の中でも序列や身分制度があるのかもしれない。てっきり魔王の命令には従うものだと思っていた。
そもそもさっきからの口調から、この魔王は魔王らしさがあまりないんだよなぁ。謙虚な感じだし。
「この世界の人間族側でも髪を切れる者を探したのだが、そもそも魔王に協力する者はいなかった」
この世界にも人間族っているんだ。テンプレならエルフとかドワーフとかいるんだろうな。たぶん。
「それで異世界人なら気兼ねなく髪を切れると?」
「わが軍にも人間族側にも属さないから揉め事は起こらないだろうというオールドエイトの進言によるものだ」
「メガネの!?」
オールドエイトは僕と魔王の視線を受けて一瞬驚いた表情を見せた後、満面の笑みを浮かべた。
「どうだ? すごいだろ? 褒めてもいいぞ。自信満々マンドリル!」
「いや、褒めねえし! そもそも僕はお前の思い付きの被害者だぞ!」
もちろんオールドエイトが最後に言った言葉は無視だ。
「確かに。そなたは被害者だ。断りなくこの世界に招いたことは詫びよう。しかし、私の散髪が終われば、無事元の世界へ帰すことを約束しよう」
「本当なんだな」
「魔王は一度した約束は守る」
魔王の言葉をそのまま信じていいのだろうか。悪者の定番である魔王ならこんなの口約束に過ぎないだろう。
だが、この魔王は誠実そうだし……って、魔王が誠実って、なんだよ。
「魔王様は私と違ってちゃんと約束守るぞ。それに関しては自信満々マンチカン!」
「お前は黙ってろ。それと最後のギャグは絶対に無視するからな。絶対にだ!」
最初の客が魔王っていうのも複雑な心境だけど、なにはともあれ、カットしてしまえば元の世界に帰れるんだし、理容師試験の追試と思えばできなくもない。
幸い、おっちゃんに雇ってもらいたくて道具は一式カバンの中に入ってる。これはもう余裕だろ。
「わかった。じゃあカットするよ。どこか椅子がある場所に案内してくれ」