第48話「カット直後が完成形とは限らない①」
改めて出来上がった髪型を鏡で確認する。普段、ワックスやポマードを使ったことがない僕の髪。だけど今はビシッとオールバックで整えられている。髪を軽く上から触ってみた。サイドはカチカチに固まっていて、頭頂部に行くにしたがってふんわりしている。
なんだか鏡の前の自分が借り物のようで変な気持ちだ。少し肩がこるような気がする。そしてなによりも照れくさい。本来の自分と不釣り合いすぎて。
おっちゃんはそんな僕を見て、ふんと鼻から空気を吐くと共に言葉を続けた。
「恥ずかしいか?」
「恥ずかしい。真っ裸で街歩くぐらい恥ずかしい。なんだか髪型に心が外見が追い付いていない気がするよ」
僕の話をうんうんと頷いた後、おっちゃんは笑いながら言った。
「最初は恰好からでいいんだよ。髪型が変われば、それに合わせて服装も変わる。服装が変われば周りの目も変わる。それに応えるようにお前の心も変わっていく。そして気づけば、あるべき姿になっている」
「なんか最初は外見でいいなんて軽薄だなぁ」
「軽薄とか気持ちが不純だとか、真剣じゃないと駄目だとか、そんなことはない。最後に気持ちが付いてきていればそれでいい。まずは形からでもなんでもいい。力が備わったら行動する、じゃあ遅いんだよ。行動してから力は備わる。ぐだぐだ理屈ばかりこねてるお前にぴったりだろ」
理屈ばかりの僕には図星だけに何も言い返せなかった。
「お前の意思表示。語らずとも姿が語ってる。髪型とはそういう効果もある」
確かにボサボサ頭だった僕が急にしっかりセットされてたら、見た相手は何かを感じるよな。そうか。今から僕は父親と対峙するんだ。そう思うと、緊張してきて、自然と下を向いてしまう。
すると、おっちゃんは僕の背中を思い切り叩いた。
「気合を入れろ! 覚悟を決めろ! 別にこれでお前の生死が決まるわけじゃねえ。思い切りやれ」
僕は背中を押し出されるように椅子から降りると、出入り口へと歩き始めた。ドアに手をかける前に少し後ろを振り返った。
おっちゃんは腕組みをして僕をまっすぐに見ていた。
「お前が押し通る時間だ。精一杯やってこい」
「『押し通る』ってタタリ神の死の呪いにかかった若者かよ。でも、ありがとう。言うだけ言ってみるよ」
ここまでしてもらって後戻りはできない。僕はおっちゃんに一つ頷くと店をでた。
家に帰るまでの道のりはけっこう恥ずかしく、速足になった。すれ違う人の反応を見る。特にリアクションがないけど、ソワソワしてしまう。この髪型でも自信満々に歩けるようになりたい。そういう自分になるんだと言い聞かせた。
家に帰って自室で父親が変える時間まで待機する。この時間は結構長く感じた。そのたびに鏡を見て何度も髪型を確認した。かっちり固められた髪型は「明日にしよう」という気持ちを引き締めてくれる。
そして夜になり、父親の声が部屋越しにも聞こえてきた。僕は意を決して部屋をでる。ここからが勝負だ。




