第47話「髪型を決めるのも、伝えるのも難しい⑤」
僕は準備を待ちながら、生まれて初めてというほどにドキドキしていた。緊張とも言い難いし、期待というには大げさだ。だから、ドキドキ。バーバーチェアに座りながら、妙な気持ちになっていた。
おっちゃんはまず、ハサミとコーム(クシ)で前髪のサイドをカットし始めた。カット幅は小さく髪を長めに残している印象だった。
とはいえ、当時の僕はそんなことはわからないので、どんな髪型にさせられるのかこの時点では少し不安になっていた。まさか、スポーツ刈りとかモヒカンとかパンチパーマじゃないよね……と髪型を任せたことに後悔をしてた。
次に頭の両サイドもハサミとコームで同じようにカットしていく。耳にはかからない程度の長さになっていく。
そして、作業台に戻っていったかと思うと、バリカンを用意しているのが見えた。ついに来た。刈られる。刈られてしまう! と緊張した。
おっちゃんはバリカンで後頭部に取り掛かった。僕は緊張したが、思いに反して、刈上げ幅は小さく、ローフェード(低めに抑えたグラデーションのある刈り上げ)に仕上げるつもりのようだ。耳周りもトリマーで丁寧に整えてくれた。ちなみにモミアゲもこの時刈り上げられてしまった。
あれだけおっちゃんが意気込んで始めたカットなだけに、もっと大胆に刈られたり切られたりするものだと思っていた僕は、拍子抜けだった。だけど、おっちゃんの細やかな作業は、より僕の髪型を真剣に考えてくれているようで安心した。
顔そりやっぱり気持ちがいい。やっぱり、凝り固まった僕の思考の薄皮を一枚そぎ落としてくれているように感じた。新しい自分が出てきたようだった。
洗髪もおっちゃんのしなやかで柔らかい指が僕の頭をしっかりと洗ってくれた。シャワーでシャンプーを洗い流しながら、おっちゃんの指が僕の髪をすり抜けていく。お湯が暖かく、指が柔らかく、なぜかゆったりとした気持ちになった。
洗髪が終わり、ドライアーで髪を乾かしながら仕上げていく。長めの前髪をどんどんオールバックにしていく。前髪に少し丸みを持たせてながら後ろに流していくのを見ていると、昔の不良がするようなポンパドール近い気もするが、あくまでも少しだけ立たせながら丸みを帯びて流しているのを見ると、トサカのような髪型ではないようで安心した。少し長めに残したサイドも後ろへと流していく。
これで終わりかなぁ。と思った僕におっちゃんは「仕上げだ」と言って、小さなコンパクト型の缶をたりだすとクリームのようなものを取り出した。不安げな僕を見て、おっちゃんは「ワックスだよ。安心しろ」と言って。僕の髪をワックスが付いた手でドライアーの時と同じようにオールバックへと整えていく。サイドはキツめに流し、前髪はふんわりと整えてくれた。
そして最後にポマードを取り出して、ツヤをつけるため、髪を撫でていく。きっちりしすぎないように髪をある程度の束のように仕上げていった。
「ほい。できあがり~」
出来上がりを鏡で改めて見つめる。今まで前髪が目に届くか届かないかぐらいの長さだったので、おでこ全開になった自分がまったくの別人になったような気がした。前髪はふんわりとした丸みを帯びだオールバックでどことなく不良感もでている。そのくせサイドはしっかりとオールバックになっていた。
これが……僕?
おっちゃんは僕の前に出てきて、下から上へと値踏みするように見つめると最後に僕と目が合った。
「ふん。いい感じじゃねえか」と言ってニカッと笑った。
「ちなみにその髪型には名前がある。ディーンっていうんだ」
「ディーン?」
どこかで聞いた気がする。
「昔の有名な俳優の名前にちなんだ髪型だよ。俺が気合入れたいなって時にしてる髪型でもある」
「そうなんだ……」
おっちゃんがどうして気合入れる時にこの髪型にするのかは良くわからなかったけど、おっちゃんも気合入れるために髪型を変えたのかと思ったら少し勇気が出た。
「ちなみにその俳優の代表的な作品の名前は……」
おっちゃんは一息入れて僕をジッと見つめた後、いたずらっ子のような笑顔で言った。
「『理由なき反抗』だ」
僕は思わず息をのんだ。おっちゃんは勝ち誇ったように自慢げに答える。
「今のお前にピッタリだろ?」
「うん」
僕は頷くだけで精一杯だった。




