第45話「髪型を決めるのも、伝えるのも難しい③」
自分が望む髪型とは一体何なのか。家に帰って考えみる。考えれば考えるほど難しい。髪型を決めると、それなりの恰好をしないと自分のバランスが取れない気がする。例えばモヒカンなのに背広はおかしい。もちろん奇をてらうのはありかもしれないけど、僕はそれを望んでいない。
逆に難しく考え過ぎなのかもしれない。もっと気軽に流行りの有名人なんかの髪型を参考にすればいいのではないか。いや、それよりも僕が望むのは、外に出ても恥ずかしくない髪型。奇抜さや流行に乗るわけではなく、周りに馴染める髪型が今の僕には必要なのかもしれない。社会からはじき出されている僕にとっては。
考え過ぎていつのまにか23時を過ぎていた。喉が渇いた僕は階下に降りて水を飲むことにした。この時間なら両親は寝ているはずだ。
だけど、予想は外れた。居間の明かりが点いていたのだ。慌てて引き返そうとした時、ドア越しに両親の声が聞こえた。
「志瑠羽の学校から進退伺いの手紙が来てるの」
母さんの声だった。進退伺だって? 続いて父の低い声が聞こえる。
「学校を退学しろってことか」
「ええ。今のタイミングなら二学期から公立の中学に入学して高校受験ができるって……」
「せっかく勉強して中学に入学したっていうのにか? 学費はちゃんと払っているだろう」
「でも、このままじゃあ、志瑠羽のためにならないし……ほら、別にお医者さんになるためにはこの学校に通わなくちゃいけないわけじゃないし」
「一度逃げ癖を覚えれば、とことん逃げるようになる。公立なんか行ったら余計に逃げる人生の始まりだ。医者にはなれん。よし。俺が一度学校へ行って先生と話をつけてくる。二学期からは通学させるからと」
僕は会話の途中で怖くなり、自室へ逃げ隠れた。布団を被る。暗さが僕を包んだ。退学……。可能性を考えなくはなかったけど、いざ言葉にされるとショックを隠せなかった。今までは学校に行かなかったとはいえ、学校に所属する生徒に違いなかった。しかし、退学してしまえば、放り出されてしまう。
しかし、同時に安心している自分もいた。公立にいけば、少なくとも今よりは環境が変わる。チャンスかもしれない。だけど父の言う通り、逃げたという気持ちから、医者にはなれないのかもしれない。
気楽になる夏休み……と思っていたけど試練の夏休みとなりそうだ。その日、あまり寝付けないまま夜を過ごした。
次の日のお昼過ぎ。僕はいつものようにおっちゃんの店に向かった。家にいたらいつまでも思い悩みそうだったからだ。理髪店に逃げていると言われればそうかもしれない。
店のドアを開けると、久しぶりにお客はいなかった。いつもより1、2時間後だから、他のおっさん達は帰ったのかもしれない。久しぶりに訪れたときのように、おっちゃんは待合席で雑誌を読んで読んでいた。僕の姿を見るなり、いつものように笑顔で迎えてくれた。
「おっ。とうとうスポーツ刈りにする気になったか?」
いつもなら軽快にツッコむところだけど、今日は咄嗟に言葉が出てこなかった。そんな僕を見て、異変を察知したのか、おっちゃんは雑誌を置くと席から立ち上がった。
「だいぶ髪が伸びてきたじゃねえか。切ってやるよ」
僕は黙って頷くとバーバーチェアに座った。




