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第44話「髪型を決めるのも、伝えるのも難しい②」

 中学三年の夏休み。毎日が日曜日の僕にとってはあまり意味がないのだけれど、本当の意味での毎日が日曜日を過ごしていない僕にとっては、皆も休みだという事実は気持ちを軽くしてくれた。


 おっちゃんに言われた『髪型を決める』を実行するため、ネットで検索して髪型を探す。しかし、いまいちピンとこない。自分に似合う髪型がまずわからなかった。似合う髪型じゃないと、様にならない。


 だけど今の僕に似合う髪型なんてない気がする。せいぜいボサボサ頭がお似合いだ。


 迷った僕はおっちゃんの店に向かった。最近はカットしないのに顔だけ出すこともしばしばあった。夜中に抜け出すよりも、父親が家にいない日中のほうが家を自由に出入りできることがわかったからだ。


 店の中に入ると、これまた用もないのに店の中にいる常連の大人達が数人いた。僕が店に入ると、大人達はこっちへ来いと手招きしてくれる。何度か理髪店に来ているうちにすっかり仲間なってしまった。


 引きこもり時期が長く、人見知りだった僕にこの人達は、おっちゃんと同様に親しく接してくれた。今では気軽に話ができてしまっている。親しくなったおっちゃんの馴れ馴れしさは侮れない。


 バーバーチェアを見るとおっちゃんはお客さんの絶賛カット中だった。仕方ないので大人達に僕の似合う髪型を相談してみることにした。


「パンチパーマ」

「却下。真面目に考えてくださいよ」


 これぐらいは普通にツッコめる間柄だった。するともう一人が手を叩いて答える。


「じゃあ、『自分の心は一つです!』の人の髪型」

「パンチ佐●だよね? それ、パンチにしろってことだよね?」

「え? 違うの? じゃあ『もう死んで~』ってツッコミのコンビ」

「だから、それもパンチだよね? もうそのツッコミしてないからね、あの二人組」


 普段からおっさん達に囲まれて会話してるかわ意味は分かるけど、中学生の僕には絶対にわからなかったぞ、その例えは。


「ふ~じこちゃ~ん」

「なんなのパンチにさせたいの? 作者だよね? パンチだよね?」


「おん! お~~ん!」

「犬? 犬なの? 甲子園目指してた双子と幼馴染が飼ってた犬だよね?」

「違うよ。親の再婚で家族になった甲子園を目指してる兄弟が飼ってる犬だよ」

「違う違う。甲子園を目指していたけど肘の怪我という誤診で野球部のない高校に入学した男の子の飼い犬だよ」


「どうでもいいわ! 同じ作者の使いまわしでつけられた犬の名前など知らん! っていうかどんだけパンチって言わせたいんだよ!」


 この昼間から理髪店にたむろっている大人たちに聞いてもまともな答えなど返ってこないことはわかっていた。まぁ、僕もたむろっている一人だけど。


 それにしても、いつの間にか僕は大声でツッコめるようになっていた。最初は大声が出せる自分に驚いたけど、この場所では自由に音量を気にせず声が出せた。


 最後の手段としてカットが終えて、近づいてきてくれたおっちゃんに髪型を聞くことにした。


「髪型だって? そりゃお前、小さなカールをかけたパ――」

「パンチパーマ以外でお願いします! もうさんざんそのネタは聞いたから!」

「ぐっ。先を越された……」


 おっちゃんは悔しそうな顔をして常連たちを見る。すると常連たちはニヤニヤしていた。こういう妙な連携を見るのが僕は好きだった。


「僕は自分が似合う髪型がわからないから、専門家の意見を聞きたいんだよ」

「自分が似合う髪型?」


 すると、おっちゃんは顎に手を当てて、考え始めた。長い「うーん」という唸り声の後、一つ二つ頷いて答えてくれた。


「おい。似合う髪型を探すのはお前にはまだ早い。まずは似合うか似合わないかはおいておいて、お前がしたい髪型を探せよ」

「僕がしたい髪型……」


 まったく頭に浮かばなかった。基準がない。似合うと考えると、自分の髪質や頭の形や顔のつくりなんかが基準で考えられる。だけど、そういうの抜きで自分がなりたい髪型っていうのは理想があって成り立つのだ。基準ではなく理想。


 それは、今の僕の立場に似ているような気がした。



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