第43話「髪型を決めるのも、伝えるのも難しい①」
真夜中、おっちゃんに捕まってヘアカットされてから僕は変わった……と言えれば良かったのだけど、そんなに世の中甘くなかった。次の日も特に行動は起こさず、同じように過ごした。ただ、昨日よりは少し心が落ち着いていた。
ゲームをしていて画面が一瞬暗くなった瞬間、自分の顔が映る。背中まで長くなっていた髪が、肩にかかるぐらいまでに短くカットされていた。それだけでなぜか安心した。
せっかくカットしてもらった髪が二週間もすれば乱れてくる。すると気持ちまで乱れてくるような気持になって、ソワソワした。
そして三週間後、僕はおっちゃんの店に向かった。父や母が家からいない隙を見て、家を出る。なるべく人に見るからない内容に祈りながら速足で店を目指す。
自分でも信じられなかった。たかが髪だぞ、という気持ちと、たかが髪を切るだけなのにオドオドするなという気持ちが交錯する。服装もジャージではなくてジーンズにTシャツ、パーカーという服装に変えた。これできっと世間の人に紛れられるはずだ。
自分責める気持ちと他人からの視線に心を削られながら、なんとか再び、おっちゃんの店にたどり着いた。ドアを開けると、待合席で雑誌を読んでいるおっちゃんの姿があった。顔を上げて僕を見ると、いつもの笑顔を見せてくれた。
「スポーツ刈り、一丁上がり!」
「いや、おっちゃん、まだ何も言ってないよ!」
また自然にツッコんでいた。だけどそれだけで、削られていた心が救われた気がした。おっちゃんは嬉しそうに僕を迎えてくれた。
「髪型はどうするんだ?」
「うーん」
それきり僕は黙ってしまう。特に希望の髪型はなかったのだ。
しばらく黙っていると、おっちゃんは「んじゃ、とりあえず形を整えるってな感じにしておく。次以降、髪型は決まってから教えてくれ」と言った。
僕はまた次に来る約束をしてしまった。ただ、次に繋がったことを嬉しく思った。どんな髪型にも対応できるようにと、長めに髪を残してくれた。カットの途中は相変わらずのおっちゃんの世間話を聞いてツッコんだ。三週間ぶりの他人との生のやり取りに僕の心は浮きだった。
また一皮むけたようなさっぱりした気持ちになる。ヘアカットした帰り道は、行き道より足取りは軽くゆったりと変えることができた。
こうして僕は三週間に一回ほど店に通うことになった。何度か通ううちに少しずつ理髪店まで通う道にも慣れていった。
さらに、数回通ったある日、僕以外にもお客がいた。僕は緊張したが、いつも通りのおっちゃんの笑顔に僕は安心した。他のおっちゃんと仲良く話すのを見ると、少し寂しい気持ちにもなった。
しかし、それも何回か通ううちに他の大人も常連らしく、よく会うようになり、声をかけてもらうようになった。おっちゃんを介して常連のお客さんとも仲良くなる。昼間に来ているのに責める人は誰もいなかった。
おっちゃん達の人柄なのか、この店の雰囲気がそうさせるのか、わからなかった。だけど心地よかった。不思議に思ったが、「まぁ、色々な事情が人にあるからな」とおっちゃんは答えてくれた。
髪型は相変わらず決まらずにいた。自分の進路もよくわからないままだった。




