第41話「今の子はスポーツ刈りを知らないって本当ですか?!④」
病院に運ばれて以来、両親は僕へ学校へ行けとは言わなくなった。僕自身も極力学校のことは考えないようにした。とはいえ、考えないようにと考えた時点で意識をしているのだ。
とにかく僕は現状から逃げることに専念することにした。今までほとんどすることがなかったゲームに夢中になった。据え置きのゲーム機はなかったが、パソコンがあったので、パソコンのネットゲームを一日中することにした。久しぶりのゲームはすごく集中できた。こんなに集中したのは久しぶりだった。
ゲームするだけで一カ月が過ぎる。
過呼吸と心身の消耗が激しいということで、学校を休む大義名分はできていた。母親は気を遣って父と鉢合わせしないように食事を部屋の前に置いてくれた。
部屋の前に置かれた食事が乗ったトレイを見た時、「なんだよこれ、引きこもりかよ」と自分で自分にツッコミをいれたが、すぐに「もうすっかり引きこもりなんだな」と乾いた笑いがこみ上げた。
あっという間に一年が過ぎていった。
学校に行かなくなってから、父と話すことはなくなった。姿だって一週間に一回見れば良い方だった。父は僕にもう何も言わなかった。父は僕のことを気にしなくなっていたのかもしれない。「まだまだだな」って言葉もかけてもらえない。気楽なはずなのに、重荷に感じた。
母親は「別に学校へ無理に行かなくていいのよ。ほら、フリースクール通いながら大検って道もあるし。志瑠羽の好きなようにしていいのよ」という。母はきっとまだ僕が医者になるって信じてるのだろう。だから大検から医学部に入ればいいと思っているのだ。
僕の好きなように。つまり医者になること。だが、僕の好きな道……とはなんなのかわからなかった。学校から逃げてる現実も嫌だけど、学校へ行くのも嫌だ。父親の意向に沿えない自分も情けないし、意向に沿うだけの人生なんて同じぐらい嫌だった。
「勉強についていけなくなりました」こんな事程度で引きこもるなんてな。世の中にはもっと不幸な理由で引きこもる奴だっているのに。頑張れない自分が情けない。
学校行く程度の社会生活も営む事が出来ない、逃げることで安心する毎日、こんな程度で引きこもっている自分も肯定できない、僕はどこへ進めばいいのだろう。
進むって……きっと僕はどこへ進もうとも後悔するだろう。そういう仕組みなんだ。僕の人生なんて。どれ選んでも何かから逃げることになる。「お前はあれから逃げたんだ」って自分を責める。そんな気がして八方塞がりな気持ちが襲う。
僕は世間と切り離された存在になってしまった。そして簡単には戻ることはできないのだ。もう他人とは同じ時間軸では生きていない。同じ場所に立っていても世界線が違うような感覚だった。
こんな状態で過ごす日々。嫌な気持ちになった時、発散方法としては色々ある。ゲームして気晴らししたり、ネット上の書き込みで発散したり、アニメやラノベ見たり読んだりして、別世界に浸ることで忘れる等々。
その中でもこの時のマイブームはコンビニの弁当やお菓子を食べることだった。食事の時、時々母親が食事と一緒にお金を置いてくれることがあった。数千円だったが、それを手に家族が寝静まった夜、コンビニへ向かうのだった。
あの日も同じように夜中の二時過ぎ。僕は寝静まった家を抜け出して、近くのコンビニへ向かった。この時が唯一の解放感を味わえる瞬間だった。外に出た解放感。歩道や車道にも人や車はいない。
空を見上げる。今日は月が綺麗だった。陽の光をあまり浴びない僕としては月の光でも十分に明るかった。コンビニの明かりが見えてくる。今日はカルビ弁当とフライドチキンに新発売の辛味スナックを買おうと決めていた。
コンビニに近づくと少し緊張する。店員という他人がいるだけで落ち着かないのだ。コンビニのガラスに自分の姿が映る。ジャージ姿に伸びきったボサボサ頭。一年前とは比べられないぐらいに太っていた。
現実を見せられたようで、急に情けない気持ちになる。急いで買って、とっとと店を出ようと思った。コンビニの店員が自分へ向ける感情なんてロクなモノじゃないだろう。
店内が眩しい。こんな眩しさに人々はいつも耐えているのだろうか。少しイライラしながら店員のノロノロした会計にいら立ちを覚える。コイツ、学生か。いい気なものだ。こっちはこんなに苦しんでるっていうのに。僻みだとわかってても僻んでしまう。
店員からビニール袋をひったくるようにして商品を奪うと足早にコンビニを出る。とっとと帰ってアニメでも見ながらカルビ弁当と食べるか、と思いながら夜道を急いだ。
「あれ? お前、志瑠羽じゃないのか?」
突然声を掛けられ僕は肩を震わせた。夜中だし、僕の名前を知ってるようだし、低い声だし。……無視するのが一番だ。僕は聞こえないフリして速足で駆け抜けようとした。
「おいおい、久しぶりだな。どうして逃げるんだよ」
声の主は僕の腕を掴んで引っ張った。観念するしかない。僕は恐る恐る声の主の顔を見た。
すると、声の主は理髪店のおっちゃんだった。




