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第40話「今の子はスポーツ刈りを知らないって本当ですか?!③」

 僕の体調の変化に合わせるように成績が落ち始めた。自分でも精一杯やっているつもりだったけど、成績は落ちていく。


 教師には怒られ、成績下位だけが集められる補習に参加することになった。徹底的に駄目出しされ、ひたすらノートに語句を覚えるべく書き連ねる。「暗記問題で得点できなくて、どこで得点する気だ!」と教師に怒鳴られた。


 すると次第に頭に文字が入ってこなくなる。暗記ができなくなってくるのだ。何も頭の中には記憶されていないのに、すでに頭の中が何かで埋まっているような感覚。空で透明な何かが脳の記憶領域を埋めているようだった。


 だけど、そんなの誰に説明したところで分かってもらえるわけがない。それなら仕方ないよね、って言ってもらえるような理由ではない。言い訳。保身。自分でもそう思う。僕は机に座っていられなくて、ベッドで寝て勉強しないだけの怠け者だ。言い訳のしようがない。


 父親には成績の事でやはり怒られた。「お前は医者になるつもりあるのか?」と言われる。ただ僕は「ごめんなさい」としか言えなかった。医者になれないのか……自分の存在価値が揺らぐ。


 さらに僕が成績下位の補習組に入ったことで、今まで成績において同順位ぐらいの友達とも疎遠になっていった。外堀が埋めていかれるような孤独感。もうこの時点で十分に詰みだったと思う。


 心の澱が溜まっていたある日。僕は初めて仮病を使って学校を休んだ。


 やがて一日の仮病が二日、三日と増えてくる。その頃には母親も僕の異変に気付いてたが、父親には報告していないようだった。まだ母親は信じていてくれているかもしれない。気持ちをなんとか立て直し、最初は一日おき、二日おきぐらいで学校に通っていた。しかし、すぐに心が折れて一週間連続で休むようになり、さすがに父親も気づいたようだった。


 朝早く。激しく部屋のドアを叩かれる。僕は全身を震わせて飛び起きた。ドアの向こうにいるのはおそらく父だろう。部屋に入ってはこないのはドアに鍵をかけていたからだ。とはいえ、何の安心にもつながらなかった。ついにこの日が来てしまった。僕はベッドから起き上がれなかった。


 それでもドアを叩く音は続く。諦めてくれ。早くこの時が過ぎて行ってくれ。ひたすらに願った。怖くて耳を塞ごうとした時、ドアを叩く音が止んだ。諦めたのかとホッとしているとドア越しに低い声が聞こえた。


「逃げるんだんな、お前は」


 瞬時に僕は理解してもらえないと思った。何を言っても意見を聞いてもらえない壁のようなものを感じる父の言葉の圧だった。僕は何も答えられなかった。ただひたすら今の時間が過ぎて欲しい。それだけを祈った。


 ドア越しに母と父が何かを話しているのがわかった。内容までは良くわからなかった。だけど、その会話の後、父は僕の部屋の前から去っていったのが気配で分かった。僕はホッとしたと同時に、父の信頼を裏切ってしまったという絶望感に襲われた。


 怖くて震える。空中に放り出されたような、寄る辺ない気持ち。僕は見捨てられるかもしれない。今になって思えば馬鹿馬鹿しい考えかもしれないが、当時の僕にとっては一大事だ。


 その日、僕は力を振り絞って学校へ登校した。母は喜んでいた。父はすでに自宅にいなかった。


 午前中は震える手をを抑えながらなんとか授業をこなした。しかし、午後になり手の震えだけではなく、心がソワソワした。意味のわからない焦燥感に襲われ、椅子に座っていられなくなる。僕は手を上げてトイレに駆け込む。と同時に胃の辺りが一気に気持ち悪くなり、僕は便器に嘔吐した。


 口を濯ぎ、なんとか気持ちを整えようとする。早く教室に戻らないと迷惑がかかる。僕は教室へ戻るためにトイレから出た。するとなぜか息苦しいことに気が付いた。あれ? 呼吸が上手くできない。そう思うとどんどん気持ちが焦り、やがて、自分の中でパニックを起こした。呼吸ができない。息が上手く吸えない。何度も息を吸おうと試みるが肺に何も入ってこない。変な呼吸音が聞こえたかと思ったら、僕の意識が飛んでいた。


 意識が戻って、目が覚めたら白い天井が見えた。少し硬めのベッドに寝ている。四方をカーテンに囲まれてた。これはおそらく病院だ。僕は自分が病室に運ばれたのだと理解した。ベッドの傍らでは赤く目を腫らせた母親がいた。その隣には病室の窓を見ながら腕組みをしている父親がいた。


 僕は失敗したのだ。そう確信した。


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