第36話「新人にとっては何がわからないのかわからないのがデフォルト④」
「これで僕たちも冒険者の仲間入りだな」
「不本意だ。俺は魔族だぞ」
受付で発行された厚紙でできた冒険者ギルドメンバー証を見つめる。ステータスを調べるなんてイベントはなく、事務作業だけこなされて、メンバー証を手渡された。だけどついついニヤニヤしてしまう。異世界モノっぽいじゃん。
御多分に漏れず冒険者に階級のようなものがあり、最初は五級という話だった。一番頂点が特級だという話だ。特級なら領域展開とか使えるんだろうな、きっと。
改めて仕事を選ぶ。すぐにできて、金払いの良い仕事を探したところ、街を囲っている壁の修復作業の手伝いという仕事が見つかった。力仕事だけれど、お金を稼ぐためだ。
ギルドで教えられた場所へ行くと、大人数の男たちが壁の修復作業を行っていた。髭もじゃで大柄の親方と呼ばれる男性が僕たちの元へやってきて、迎えてくれた。とりあえず、僕たちは壁の部品となるレンガを運ぶ仕事を任された。
木でできた手押しの一輪車でレンガを積み、各職人さんの元へ供給する。幸い専門学校に通いながらバイトをしていた僕にとってはレンガ運びは苦にならなかった。レンガを運び、職人さんへ挨拶すると、挨拶してくれる職人さんもいれば、新人には完全無視の職人さんもいる。どこの世界でも同じだなぁと思いながら仕事を続ける。
無視する人の中には本当にクソなおやじもいるが、単純に照れ屋さんで不器用だからって人も少なくない。そういう人は徐々に言葉数が増えていき、やがて仕事ができるようになると普通に仕事の話をしてくれるようになる。そうなると自分にも自信がついて仕事が少し楽しくなる。まぁ、今回は短期のバイトだからそこまではいかないんだろうけど。
職人さんとレンガ置き場を数往復したところで、背広を脱ぎ、ワイシャツ姿でネクタイを緩めているオルエの姿が見えた。背広姿で仕事するなよ。体力的に限界が来たからか、座り込み汗だくになって何度も汗を拭っていた。
見かねた僕はオルエへと駆け寄った。
「おい、もう疲れたのかよ。ったく、これだから頭脳担当は……」
オルエは僕を見上げるようにして、ダルそうに答えた。
「いや。それもあるが……なぜここまで俺が人間のおっさん風情に無視され続けなければいけないんだ。耐えられん」
「まぁ、おっさんだからな。プライドもあるし、どこの誰かも分らん奴とは関わり合いたくないんだろ。そんなもんだよ、おっさんって」
「俺、とことんコミュ障だってわかった……。俺にも陽キャの女子高校生があらわれて人生をクソげーから神ゲーに変えてくれないかな」
「だったらまずはオンラインゲームでナンバー1にならないとな」
「そっか……でも、この世界ではwifi飛んでないからなぁ」
確かにこういった現場に慣れてないと、最初の内はメンタルに支障を及ぼす。気の弱い奴だと委縮して、どんどん失敗を繰り返して、さらに委縮するという悪循環になりやすい。誰かが少しでも褒めないと、心の負債が増えるばかりだ。
「でも、オルエは働くっていう考えになったのが偉いよ。ってきり人間相手だから、そこら辺の人から金を強請って調達しようとか言い出すのかと思ってた」
すると、オルエはハッとした表情を見せた。
「そ、その手があったのか……」
ないない。真面目に働けよ。
「この仕事が体力的に辛いのであれば、親方にかけあって、歩行者や場所の交通整理とかの仕事に変えてもらうとかしてもらうからさ」
「わかった。もう少し頑張ってみる。人間どもに負けるのは癪だからな」
オルエはゆっくりと起き上がり、腕をぐるぐる回しながら、再び一輪車にレンガを積み始めた。
レンガ運びが一段落したら、職人さんの邪魔にならないよいうに周りの掃除をする。掃除をしながら、状況に応じてレンガを供給する。時々職人さんに話しかけて相手のパーソナリティの把握に努める。そうするとあっという間に一日が終わっていく。
こうやって僕たちは社会人としての一歩をまた少しずつ歩みだすのだろう。
……って、なんだよこれ。お仕事小説じゃねえんだよ!




