第35話「新人にとっては何がわからないのかわからないのがデフォルト③」
掲示板の周りに集まる人々を見て、僕は不安になった。今から大冒険が始まるんじゃないのか。冒険しなさそうな人ばかりだけど……
「オルエ、この掲示板。冒険者の依頼板なのか?」
オルエは僕へ振り向くと「信じられへん」という表情を向けた。
「すぐできるバイト掲示板だが」
「なんで! 約束が違う!」
「約束してねえよ!」
冒険できないじゃん! 厨二の魔法使いやマゾのクルセイダーとかと出会えないじゃん!
オルエは再び「信じられへん」という表情を向けてきた。
「いや。俺たち戦闘できないヤダオだろ」
「……確かに」
夢を見ていた。そのうちエルフとか魔女とか女神とか知り合えるような仕事ができるかもって思ってた。キャッキャウフフができると思ってた。ただ、守ってもらうだけでは恋愛感情もクソもないだろう。あぁ、非力が憎い。若者の力離れ。
だが、僕は諦めない! 冒険を諦めない!
「じゃあさ、ハンバーガ屋さんとかないの? 僕たち魔王じゃないけど、結構似合いそうじゃね?」
「お前、どれだけ長期のバイトするつもりなんだよ。店長まで上り詰めるつもりか。それとも女子高校生バイトとテレアポ勇者とイチャイチャするつもりか」
いや。まず、ハンバーガ屋を否定しろよ。ハンバーガ屋はこの世界にあるのかよ。女子高校生もいるのかよ。
ただ、確かに現実的な提案ではなかった。安アパートでやっとの生活ができるような薄給では困るのだ。
「じゃあ、マジックショップという建前の電気屋で勇者と一緒に働く仕事」
「なんで俺が勇者と働かなきゃいけないんだよ! それに。マクラが行くのであったら、辻褄が合うが、俺たちではただの電気屋店員だろ」
「魔王の娘のマクラが勇者の後輩になるなんて……それ、どこのラノベ?」
「シルバ、現実に戻ってこい! 夢うつつタイムはもう終わりだ。戦わなきゃ現実と!」
また発毛しそうなツッコミをされた。そしてオルエはなんだか怒っていた。
「お前、今日はちょっとボケすぎだろ! 俺、突っ込んでばっかりじゃん!」
「ごめん。ついつい異世界っぽい場所に来たから、見果てぬ夢をみてしまったんだ。さらに翼を広げてファーラウェイしそうだったんだ。あと、桜も舞ってた。でも会いたい人に会えなくて震えてた」
「Jポップの世界ではありません。ここは異世界ですよ」
気が付くとオルエが無表情で僕にツッコんでいた。完全にボケられなくて拗ねている。そろそろ真面目な話を進めないと怒られそうだ。
オルエは再び掲示板へ目を向ける。
「ったく。金払いの良い日雇いの仕事だから、力仕事が相場だろうな」
やっぱりそうかぁ。まぁ、しょうがないか。どこの世界でも簡単に金が稼げるわけではないか。
「でも冒険者登録はするだろ? じゃないと仕事も斡旋してもらえいないのでは?」
「いや。登録はしない。ここで仕事見つけて直接現場へ行き、交渉する。ここで登録したら、給料から手数料をギルドに取られるんだぞ! そんなの損だろ」
「せこいんだよお前は! ちゃんと登録ぐらいしろよ。もしかしたら可愛い受付嬢と仲良くなれるかもしれないだろ!」
「お前は結局それか! 俺は乳臭い人間の女などに興味はない! あと、女にうつつを抜かしたら、芸が腐るわ」
「なに、『俺、お笑いに命かけてますから。女断ちしてますから』みたいなストイックさだしてるんだよ」
するとオルエが表情を崩し、ニヤニヤしていた。僕にツッコませたことがよほど嬉しかったようだ。
なんか無性に悔しい!
結局、冒険者ギルドには登録することにした。僕はウキウキしながら受付に行ったのだけれど、受付は男だった。なんで!
絶望する僕の顔をニヤニヤしながらオルエが覗き込んでいた。
完全に「ねぇ、ねぇ、受付が男だったけど、どんな気持ち?」って言ってる表情だった。




