第28話「初めていく店は注文システムがわからなくてドキドキする。風邪? それとも恋?①」
森を抜けると草原が続いた。日本では田舎暮らしでもない限り、草原なんて珍しかった。舗装された道などなかった。オールドエイトの話によれば、しばらく歩くと人間が作った街道があるらしい。ひざ丈ぐらいの草が生えた草原を急いだ。
長距離を歩きなれていない僕はついつい弱音を吐いてしまう。
「これいつまで歩くんだよ。乗り物とかないの?」
「乗り物なんて乗ったら目立つだろうが。それにこの世界では歩きが基本だ」
「えー、いつもみたいに『車は俺が広めた』とか言ってくれよ~」
するとオールドエイトは歩みを止めた。
「確かに車はあるが、まだまだ試作段階だ。大金持ちのお貴族様がモノ好きで買うぐらいだ」
「車、あるのかよ! 動力なんだよ」
「魔力だ」
「でた。魔力でなんとかする問題。ごちゃごちゃ複雑な事は魔力でなんとか説明するってやつな」
僕がジト目で言うと、オールドエイトはメガネを光らせながらこっちを向いた。
「そうだよ。なんか文句あるか。お前えらだって得体のしれないものは全部妖怪のせいにするじゃないか。メダルとかにするじゃないか」
「そっちかよ。『俺の友達』の方かよ! まぁ確かに現代でもアマビエにすがる人もいるからなぁ。ハッキリとは否定できない」
僕たちの会話にマクラがため息をついた。
「お前たちのやりとりはいつもながらうるさいのう。お前たちのせいで呼び寄せてしまったではないか」
「は? なに――」
僕が言い終わるかどうかのタイミングで前方の草むらが激しく動いた。僕とオールドエイトは身構える。まぁ、身構えたところで逃げることしかできないだろうけど。
草むらから飛び出して来たのは、二つの塊。一つはゲル状の生き物。スライムだろう。もう一匹は大型の犬を一回り大きくさせたような魔獣だった。
「おい、オールドエイト、お前たちの仲間だろ何とかしろよ」
「話し合いで何とかなりそうな相手かよ……」
二匹のモンスターはオールドエイトやマクラを見ても敵意を向ける眼差しは変わっていなかった。確かに無傷では済みそうになかった。
二匹いるからどちらかを相手にする必要がある。スライムはともかく、犬型モンスターはやっかいそうだ。魔獣だし。僕はスライムを相手にしよう。
僕がスライムに向き直すと、相手も僕を見定めたのか、まっすぐに向かってきた。ぬるぬると近づいてくる。気持ち悪い。一発お見舞いしてやると僕がタイミングを図って殴りかかろうとする。
しかし、スライムは一気に拡散し、僕の顔を覆い隠さんとばかりに襲い掛かった。僕は驚いて思わず尻もちをつく。いくらスライムとは言え、全然僕では歯が立たなかった! と、ただただ襲い掛かってくるスライムを見つめることしかできなかった。殺されるかもしれない。死ぬのは嫌だ!
「憤怒の炎!」
突然、何かが叫ぶ声が聞こえ、僕の頭上を火球が通り過ぎた。
通り過ぎる瞬間、炎がもえさかる音が耳にこびりつく。僕に襲い掛かる寸前で、スライムは炎に包まれ吹き飛んだ。吹き飛ばされたスライムは甲高い叫び声を上げたが、やがて声は小さくなって黙ってしまった。
スライムを倒したのか……後ろを見るとマクラが手を突き出していた。こ、これが魔法なのか。
「シルバ、腰を抜かしてずいぶんな恰好じゃのう。ふん。レベル1の理容師風情がスライムと戦おうとするからじゃ」
「いや。スライムだから俺にも倒せるかなぁって思って……」
するとマクラが眉間に皺を寄せた。
「たわけ。お前の世界では最弱かもしれんが、スライムはなんでも包み込んで溶解するやっかいなモンスターじゃぞ。初心者に倒せるわけないじゃろ」
「そうだったのか……すまん。正直、なめてた」
「気にするでない。私は普通の魔法使い。このパーティーのエースじゃからの」
「ありがたや~普通の魔法使い様、ありがたや~普通ありがとう!」
「なんか他人から『普通、普通』って言われると腹が立つのう。世界滅ぼしたろかい」
すると少し離れた場所から声が聞こえる。
「そうだぞ。スライムはなめちゃいかん。ドラゴンと仲良くなったり、国を建国したり、人間に擬態できるんだぞ。お前もそれは知ってるだろ」
声の主はオールドエイトだった。オールドエイトもあの魔獣を倒したのかと、そちらへ顔を向ける。
オールドエイトの頭には犬型のモンスターががっつり噛みついていた。いや、血がドクドク出てるし!
「言ってる場合か! マクラ、助けてやってくれ」
「仕方ないのう。怒気の炎!」
さっきよりも小さな炎がモンスターに当たり、燃えながら吹き飛んでいった。
普通の魔法使いありがとう! そして役立たずメガネ!




