第2話「理髪店に入ってお客さんが誰もいなかったら妙に緊張するよね。その緊張感を忘れるなよ②」
『おい、本当に大丈夫なんだろうな?』
『心配性だなぁ。大丈夫ですよ。ちゃーんと狙いは外しませんでしたから』
どこからか声がする。やがて声が近づいてくると同時に意識が戻っていく。瞼越しでも光を感じるようになり、僕はゆっくりと目を開けた。
どうやら、今まで意識を失っていたらしい。確か僕は理容師試験に合格して、あの人に知らせようと家を出て……瞬間的に意識がなくなる寸前のことが思い出された。僕、スマイルドライバーが運転するトラックに轢かれてしまったんだ!
急いで起き上がる。すると僕の前には二人の人らしきものが立っていた。
「おぉ、目覚めた。では成功したんだな」
「だから言ったでしょ?」
最初に話した男性らしき人物は水色の髪をしていた。しかも、床につくほど長い綺麗なロングヘアだった。顔も瞳が大きく、鼻筋が通っている男前だった。
……ただ、服装が奇抜で黒づくめの服で細かい装飾が施されていて、ヴィジュアル系のメンバーのようだった。大きい肩パットのようなものもついている。
次に話したのも男性で髪は黒だった。こちらは肩ぐらいまで伸びたぼさぼさの髪が印象的だった。瞳は切れ長でメガネも細身でって……こいつどこかで見た気がする。服装は一人目の似たり寄ったりだった。
僕はヴィジュアル系バンドのライブに紛れ込んだのだろうか。
「おい、お前。名前はなんという」
周りを見渡す。僕が寝転んでいるのは石でできている舞台のような場所だった。周囲も石柱のようなものに囲まれている。これはギリシャの神殿に似てる。十二星座が似合いそうだ。
「おい、名前を聞いている」
って周りを観察している場合じゃない。僕は確か家の前にいたはずだ。だがここにいる。手足もピンピンしている。男が二人いる。もしや、これは誘拐?
「おーい、おーい、名前を言え~。NA・MA・E」
いや待てよ。よく考えろ。家の前。トラック。轢かれて死亡。目覚めたらヴィジュアル系……もとい、RPGゲームに出てきそうな服装。そしてこの神殿みたいなわかりやすい部屋。
よく見たら僕の周りには魔法陣らしき円が描かれていて、良くわからない文字も書かれている。しかも、舞台の周りには目深にローブを被った老人どもが囲むように立っている。ってことは。間違いなく……
「異世界転生」
「惜しい! 異世界転移でした~。残念」
「おーい、名前を、名前を申せよぉ……」
僕は声のした方へ顔向けるとメガネをかけた男性が満面の笑みで「転生と転移では大きく違うからマルはあげられないなぁ。サンカクぐらい?」と答えた。
メガネ、満面の笑み……わかった。こいつ、あの時のドライバーだ!
「その顔だと俺のことにも気づいたのかな? そうです、私が変なドライバーです!」
「だから、名前ぇ……」
なるほど。すると僕は本当に異世界に来たらしい。いや~。納得、納得。
「いや、納得するかっ! なに勝手にトラックで轢いてくれてるんじゃ!」
「大丈夫だよ、心配するなよ。あれは異世界へのゲートをトラック化しただけだから」
「てめぇ、ふざけるな! さっさと元の世界に戻せ!」
僕は立ち上がりメガネに向かって行こうとした。すると長髪男前が間に割って入った。
「待つのだ。異世界へのゲートをトラックという乗り物に変えて轢き殺すのが、そなた達の世界の作法ではないのか? あと、名前を教えてくれ」
「いや、そんなの作法なわけねえだろ。あと、名前は玉田志瑠羽です」
すると長髪男前は顔を真っ赤にしてメガネへ振り返った。
「お前、私を騙したのか!」
「騙したとは心外な。おかげで彼はすぐにここが異世界だと気づいたではないですか」
メガネを指で上げながら長髪男前に説明した。長髪男前は一瞬、表情を硬くした後、ふうっと息を吐いた。
「おお、そうか。では、不作法ではなかったのだな?」
「不作法なはずがありませんよ、魔王様。むしろ感謝してほしいぐらいです」
「そうか。いつもすまぬ、オールドエイト。感謝する」
「いえいえ♪」
なに素直に謝ってるんだよ。っていうか、お前、魔王様だったのか。メガネはオールドエイトという名前らしい。なぜ名前が英語なんだろうか。気にしてはいけない。
つまりだ。今の事態を総合すると、僕は魔王に異世界転移させられたってことになる。……はは。ははははははははははははははははははははははははは。
僕が空笑いをしていると、魔王こと長髪男前が僕に話しかけてきた。
「おい、シルバと申すもの。お前をこの世界に召喚したのには理由がある」
まさか、勇者を倒せとかそんな話じゃないだろうな。僕はごくりと唾を飲み込んだ。
「私の髪を切って欲しい」
「は?」
魔王のヘアカットをするだって? 冗談だろ?