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第16話「最後のページにサンキュージョーと落書きしたのは誰だ! とこやさんの本は皆のものだぞ!③」

 ここまでくれば、僕は首を縦に振らなくてはならないだろう。だけど、簡単には振れない。これは僕だけの問題じゃないからだ。僕はあえて意地悪な質問をした。


「つまり、お前は魔王領内の民と魔王の命、天秤にかけたのか?」

「天秤にかけるような問題じゃない。魔王城がなくなったとしても、魔王領民の理性がなくなり、昔のような統率の取れないモンスター達ができあがるだけだ。それは生き残った魔王様と俺たち魔王幹部、五天王がなんとかする」


 気持ちいいぐらいの問題棚上げだな。だが、責任を取らないと言ったわけではない。無秩序になった世界は自分たちでなんとかすると言ったのだ。どうやらただのメガネボケたおしマシーンではないらしい。


「それに俺には心当たりもあるんだ」

「お前は心当たりだらけだな」

「当たり前だ。俺は千里眼の持ち主だぞ。見通せない未来などない」


「嘘つけ。魔王を助けるために無軌道な未来へ進もうとしている馬鹿野郎じゃねえか」

「ふん。ちゃんと見通せてるわ」

「照れてんじゃねえよ」


 照れながら困りながら前進しようとしているオールドエイトを見て僕の答えは決まった。


 僕がなりたかった理容師。それは、人生に寄り添えるような理容師だ。髪型を整え、身だしなみも整え、いつしか人生も整える。そんな姿勢がお客さんに伝わるような理容師。


 最初の客が魔王なんてトンデモ案件だけど、いいじゃねえか。望むところだ。魔王の髪型を整え、身だしなみを整え、魔王の魔人生も変えてやる。それができれば、僕は胸を張って元の世界でも理容師として生きていけるはずだ。


「本当にお前の心当たりを辿れば、魔王の髪をカットできるようになるんだな」

「お、おう。任せておけ。それはシルバにしかできないことだ」

「なんかその言葉はひっかかるが、わかったよ」


 僕は自然と手を差し出した。するとオールドエイトも照れながら手を差し出す。


「ありがとう、シルバ。これからよろしく」


 突然異世界に連れられたかと思えば、商売道具はボロボロにされ、殺されかけた。そしてなぜか殺そうとした魔族と握手をしようとしている。まったく。元の世界に戻っても、誰も信じてくれそうにないな。


 ゆっくりオールドエイトの手が伸びてくる。掴んだらガッシリと握手してやる。指先が触れそうなぐらいに近づいてくる。僕はさらに握手をするために手を伸ばした。


「あっ――」


 しかし、オールドエイトの手は、僕の手の横を擦りぬけた。スローモーションのようにオールドエイトが通り過ぎ、そのまま倒れていった。


「オールドエイト!」


 俺が駆け寄ると、オールドエイトが手を伸ばした。


「ジョーと戦うために減量しすぎちまったようだぜ、お嬢さん……ガクッ」


 力石か! 力石なのか! その説明セリフを言わなきゃ伝わらなかったわ!


「お前をここまで運んだせいで疲れた……俺は頭脳派なんだぞ……」


 そのままオールドエイトは寝息を立て始めた。僕はその寝顔を憎たらしく見つめながらしばらくの間、時間を過ごした。


 こうして僕の旅は始まったのだった。



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