第10話「本気かどうかはそいつの目を見ればわかるなんてのは嘘だよね。僕は全然わからないよ?①」
僕を物欲しそうに見つめながら、モンスターは二人を見送った。オールドエイトは小さくため息をつきながら廊下を進む。
やがて、いくつかの段差を超えると、10メートルはありそうな大きな扉の前に進んだ。相変わらず僕はオールドエイトに襟首をつかまれて引きずられている。
きしんだ音を立てながら扉が開くと、眩しい光が差し込んだ。どうやら外にでるようだ。
城を出てしばらく進む。土が腰の抜けた僕のズボンを汚していく。息が苦しい。これから死ぬっていうのに僕は必死に呼吸しようとぱくぱくと口を開けた。酸素が欲しい。あれだけ自由に吸えていた酸素が今は自由に吸えない。
「この辺りでいいだろう」
城を抜け、森を中を歩くことさらに数十分経った気がする。必死だったらもっと短い時間だったかもしれない。森の中の開けた場所にたどり着いた。
オールドエイトは僕を放り投げる。数メートルほど投げ出された僕は、地面にうつぶせに落ちた。首の締まりがなくなった途端、げほげほと咳を繰り返しながらなんとか呼吸を整えようとする。同時に土の匂いがした。
「魔王様の役に立てば、良かったのにな」
オールドエイトは人差し指を立てると指先に力をこめる。すると指先に禍々しさ纏うような黒い煙のようなものが集まり、やがて形を成し、黒い矢のような形になった。
「ひと思いに心臓一刺しで殺してやるよ」
僕はこの状況をただ見つめていた。確実に死ぬ。冗談とかリプレイなどない死。せっかく理容師になれたのに、その初日で死ぬなんて信じられない。信じたくない。嫌だ。嫌だ。
オールドエイトの指先の矢は先端の刃に鋭さを増し、強固な矢へと姿を変えた。
僕は歯を食いしばる。涙がこぼれるのを抑えられない。地面に着いた手は自然と地面を掴むように握られようとしていた。
脳裏にお世話になった近所にある理容師のおっちゃんの顔が浮かぶ。目指してたんじゃないのか。あの人みたいになるんじゃなかったのか。自分に問いかける。まだなにもしていないのに。僕が目指す理容師になってもいないのに。
そして、なにより、髪がカットできなくて死ぬのが一番の無念だ。カットした後、殺されるならまだわかる。だけど何も成し遂げられなくて死ぬのはごめんだ。
そうだよ。あの時、もう死なないって決めたんだ。
僕が理容師になろうと決めたあの日。生きる気持ちは惜しむな。俺は理容師のおっちゃんの言葉を思い出した。
「短い付き合いだったな」
オールドエイトは指を僕へ向けて傾けようとした。まだやれる。生きるんだ。生きる気持ちを惜しまず行動するんだ。動け、俺の体、このままじゃあ死んじゃうぞ!
「うわああぁぁぁっ!」
僕は自分でもヘンテコだなという声を挙げながら、掴んでいた地面の土をオールドエイトに投げつけた。土くれはオールドエイトの顔へ飛んでいく。
「くっ、無駄なあがきを!」
オールドエイトはもう片方の手で土を払いのける。同時に放たれた矢は体勢が崩れた影響で角度を変えて、僕の頭を超えて遠くへ飛んで行った。
僕は自分の太ももを叩きながらなんとか立ち上がることに成功し、オールドエイトと対峙する格好になった。
「ほほう。俺と戦うというのか」
「こんなところで死んでたまるか」
「いいだろう。お前にだって生きる権利はあるからな」
ゆっくりと間合いを取りながら、僕は腰に下げたままだったカバンに手を入れる。武器になりそうなものはないか探る。ハサミはもうない。櫛では武器にならない。
一方のオールドエイトも再び指先に力を込め、黒い矢を生成していた。
「どうした? 矢ができるまでに攻撃した方がいいのではないか?」
「うるさい。そっちこそ矢の攻撃しかできないのかよ」
「俺は矢で生きた人を射るのが好きなのさ」
「狩っている側の気持ちってことか。……お前に使い古されてはいるが、いい言葉を教えてやる」
「ほほう、教えてもらおうか」
僕はカバンの中で顔そり用のカミソリに柄が付いているレザーカミソリを見つけた。これなら首筋に飛び込めばなんとかなるかもしれない。
少し希望の目が出てきた。
さっきまでの体の脱力や硬直と違って、体がすみずみまで目覚めているような感覚を覚えた。
僕は今、全身で生きようとしている!
「僕調べ、オタクが使いたがる言葉ベスト20には入る言葉、『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』……つまり、狩っているのはお前だけじゃないってことだ!」
「えっ!? まて! 俺はまだ矢の用意が!」
僕は日ごろ見せないような跳躍力でオールドエイトへ近づく。形の定まらない黒い塊のような矢が僕の肩を掠めて通り過ぎる。あとはオールドエイトの首筋に飛び込むだけ!
僕はシェーバーを突き立てて腕を伸ばす。
死ぬのはお前だ!




