第1話「理髪店に入ってお客さんが誰もいなかったら妙に緊張するよね。その緊張感を忘れるなよ①」
ここで全てが決まる。スタートできるか、できないか。僕の鼓動はどんどん早まっていく。なんの変哲もない六畳間、つまりは僕の部屋。パソコンの画面を前に僕は震える手を抑えながらキーボードを操作した。
「えっと受験番号、受験番号っと……四百二十八番」
不吉な番号である。『428・死にや!』である。なぜ関西弁なのだろうか。ここは関西から遠く離れているというのに。画面を開いて結果を確認する。その間、数秒のできごとだったと思う。
「ご、合格……した。合格したぁ!」
僕は泣き喜びながら産まれて以来の喜びが体中を駆け巡った。自然に体が伸び、拳を天に突き出した。『我が人生に一片の悔いなし!』と言いたかったが、止めた。それは死にフラグだからだ。
僕が狭い室内をぐるぐる回りながら何度も外人バリに「イエス! オー、イエス!」と拳を突き上げているそばで、パソコンの画面には理容師資格国家試験合格発表が表示されていた。つまり、僕は理容師の資格に合格し、晴れて理髪店で働くことが出来ることができる資格を得た瞬間だった。
ひとしきり喜んだところで、皆に知らせなければと思い、スマホを取り出した。まずは家族……と思ったが、その前に知らせなきゃいけない人物がいた。僕はスマホの画面をにらんだまま固まった。そうか。あの人、スマホ持ってねえや。お店に電話かけようかな。いや、一緒に喜びたいから直接店に行って驚かせよう。僕は荷物を手に取って部屋を飛び出した。
誰もいない家の玄関のカギをかけ、急いであの人のお店に行こうと駆けだした。試験に合格した後は都道府県に申請して受理されれば、本物の理容師になれる。あの人に近づけるってわけだ。僕の未来は今、大きく開かれてしまった。理容師という名の大冒険の始まりだ!
リズムよく玄関の門を通り過ぎた……その時。猛スピードで走ってくるトラックがこちらに迫ってくるのが見えた。
そうはさせるか! 異世界ものじゃあるまいし、簡単に轢かれるか。僕は道の端に避けてトラックが通り過ぎるのを待った。……待ったはずだった。だけどトラックは進行方向を修正しながら確実に僕へを向かっていた。ふざけんな! トラック! てめぇ、今まで何人もの罪なき人間を異世界送りにしてきたと思ってるんだ! 僕はさらに逃げるように家に門柱の陰に隠れた。
しかし、トラックはそれでも門柱めがけて飛び込んでくる。まさか、居眠り運転か? と運転席を見ると満面の笑みで運転している、細身のメガネをかけた若い男性ドライバーがいた。めっちゃ、こっちと目が合ってるし、笑ってるし! なんであんなに笑顔なんだよ。逆になんで笑ってるのか気になるわっ!
僕とトラックの距離はもう避けられない位置まで迫っていた。最後の賭けとしてトラックが門柱にぶつかる寸前に道へ咄嗟に飛び出した。すると、トラックの運転手もめげずにハンドルをぐるぐると回しながら方向転換し、信じられないバランスで僕へと向かってきた。っていうか、このドライバー、なに頑張ってるの!? 頑張って僕を轢くつ――
トラックが目の前に迫り、僕は同時に意識の糸がプツリと切れた。