表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人は生きなければならない

作者: 依澄たくる

人は生きなければならない

誰が決めたわけでもない自らの暗示

その言葉で僕はいつも正常を保っていられる

人はいつか死ぬ

だから、死ぬまでに人は死んではならない

ならば、今目の前で起きていることはなんなのだろう?

赤く染まり、地べたに這いつくばったこの人間は一体なんなのだろう?

僕は一体何を見せられているのだろう?

これは何か、気色悪いものを見せる拷問だろうか?

あぁ、そうか

これが、僕が求めていた「生きる」ということか



1話 「殺人欲求」


俺は昔から悪事をしていた

空き巣、窃盗、暴力、詐欺

他にもいろいろ

俺はそういった悪いことをする度に、いつもこう思った

「誰かが悪にならなければ、正義は現れない」

毎度のように警察やらなんやらと俺の元を訪れ、その度に毎回注意される

今回もそんな感じで警察から何度か質問されたが、今回ばかりは何もしていないので否定した

警察が去ってから、俺は踵を返して深夜の街を歩いた

見渡す限り、街を彩るのはネオンの光

そうした人々の喧騒の中を俺は一人とぼとぼ歩く

今のこの時間は肌寒い

俺はブラブラと放っていた手を上着のポケットにしまった

この街には様々な風俗や飲み屋が立ち並んでいる

1本道を逸れれば、そこには怪しげな店や暴力団の事務所がある

俺はその道をさらにそれて、暗い真夜中の道を歩いた

しばらく歩くとそこには小さな公園がある

俺はそこで時折夜を過ごす

今日もそんな感じで公園のベンチに腰をかけ、ポケットの中からタバコを出した

火をつけ、そのまま吸う

タバコに手を出したのは中学からだ

それからは暇があれば吸うようになっていた

しばらくそこでベンチで寝そべっていたら

「まぁたお前こんな所にいたんか」

男の声が聞こえた

その声に呼び覚まされるように身体を起こす

「風邪引くぞ」

男の手にはなぜかタオルケットがあった

「なんですか?」

「どうせお前はここにいるだろうと思って来たんだよ」

男は俺の膝にそのタオルケットを置いて、俺の隣に座る

20代後半といった所か、眉も額も剃りあげていかにも暴走族上がりのヤンキーのような風格だ

男は俺の顔を見るわけでもなく呟く

「スリはやったんか」

スリ、盗みのことか

「全くこれっぽっちも」

「珍しいなぁ」

なんでだよ、という言葉が出そうになったが堪える

「お前、前から言ってたが、うちの兄貴がおもしれぇなって言ってたぞ」

「知りませんよ」

言葉を返して、会話が終わるのを待つ

俺は一度、この男とあったことがある

それは2年くらい前だが、この男の下っ端が俺に暴力を吹っかけてきたのがきっかけだ

その日はぶらぶらと街を歩いていたが、突然ヤクザみたいな連中に絡まれ、俺は無視していこうとしたが、その中の1人が殴りかかったのを躱し、ついでに1発殴ったのをこの男が見ていたことだった

それからはたまにこうして関わる事がある

「まぁ、そんなことは今は関係ねぇ」

男は俺の希望を打ちのめし、再び口を開く

「お前、人を殺したことはねぇよな?」

「いきなりなんですか」

男の口から物騒な言葉が飛び出る

「殺人は…ありますよ」

「あるのか」

「えぇ、でも、自己防衛だったので特に問題にはならなかったです」

男は何かため息をついたように思えた

「うちの下っ端がよぉ、人殺して潜ってんだよ」

「そうなんですか」

どうでもいい話だな、さっさと切り上げたい

「それで、うちのとこが今目ぇ付けられてんだよ」

「そうですか」

「あぁ」

「それがどうかしたんですか」

男の顔を伺う

彼の表情には少し焦りのようなものを感じた

「それで、お前にその人員補充としてうちに来てくれねぇか」

「ごめんなさい断ります」

「早いなおい」

そんな所だろうと思った

ご大層にタオルケットまで持ってきたところで何かあると思ったが、そういうことか

「少しだけでいいからよぉ、頼むぜ」

「無理です」

「……」

男は無言になり、すこし頭をかいてから立ち上がって

「そのタオルはお前にやる、じゃあな」

男はスタスタと公園を出て行って、夜の街道に姿を消した


2話 「良くも悪くも」


その日、俺はベンチで目を覚ました

どうやらあの後、寝落ちしていたらしい

まだ眠っていたい欲求を抑え、起き上がる

ふと、膝辺りに違和感があったので見てみたら、手紙のようなものが置いてあった

「来る時には言ってくれ、俺も兄貴も歓迎するぜ! カズマ」

昨夜の男が置いてった手紙のようだ

「……どうでもいいや」

俺はその手紙を近くのゴミ捨て場に捨てた


その日は朝から用事があった

用事と言っても、大した用ではないのだが、行かなければどうなるのか分からないのでそこに向かうことにする

住宅街が立ち並ぶ道を車で走行し、指定の待ち合わせ場所に停める

「……」

来るまで少し時間がかかるかと思い、タバコを吸おうとしたところ

「またタバコ吸う〜」

傍から女の声が木霊した

「なんだ、いたのか」

「もぉ〜、私が時間通り来ないとでも思った〜?」

いかにも今風の女子が僕の元へとことこ歩いて来る

「私の前ではタバコはダメだよ!」

「へいへい」

彼女に注意され、ヤニを吸うのを諦める

彼女はにひひと微笑し、車の助手席に座る

「今日はどこ行くんだ?」

「向こう!」

「そうじゃなくて、行先を教えろ」

「だから向こうだってば」

「そうじゃねぇよ、目的地教えろつってんだよ」

……なぜこのような不毛な議論をしているのか自分にも呆れてしまう

「街に行くよ」

「そうか」

「なんか素っ気ないな〜、もっと『 楽しみ〜!』とかないの?」

彼女から放たれた言葉を受け流そうとしたが、如何せんこっちに反論する余地はないので

「わ〜楽しみ〜…」

「ダッサ、よくそんなんで私のこと迎えに来ようとしたわね」

(俺の今世紀最大の大道芸をダサいの一言で一蹴しやがったぞこの野郎)

「……行くぞ」

これ以上彼女と会話をしても無駄だと判断し、俺は車を発進させた


「へぇ〜、私の曲聞いてくれてるんだ」

「まぁな」

車内で流れてる曲に彼女が反応する

実は彼女は今をときめくアイドルだ

既にメジャーなイベントでライブを行っており、最近でもソロライブを行ったばかりと多忙を極めている

そんな彼女がなぜ俺のような人間とドライブしているのかには少し理由がある

ある時、俺はイベントの警護をしていたのだが、移動中の彼女がコケそうなところを受け止めた

そこから連絡先を交換し、適当にやり取りをするうちに彼女から飲みに誘われるようになった

そんなこんなで今このように仲良くなってしまっているという事だ

「この曲、私も好きなんだよね〜」

「そうなのか」

「なんかね、歌詞がいい感じなの」

「へぇー」

「好きな人に気持ちを伝えたいけど、その人のことを思うあまり、自分を偽ってしまうっていう」

「そうなんだ」

「絶対聞き流してるでしょ」

「ちゃんと聞いてるよ」

彼女は俺の脇を小突いてくる

運転中だからやめてもらいたい

(……あんたのこと言って…)

「ん、なんか言ったか」

「なんでもない!」

と彼女はあからさまに大袈裟な態度を取った


駐車場に車を停めて、彼女と共に街を歩く

「今日はどこに用があるんだ?」

「とりあえずお腹空いたから、お昼にしよう」

「そうだな」

俺は彼女の提案に頷き後をついて歩く

「ここだね」

彼女が歩みを止めた先には明らかに高そうなイタリアン風の店だった

「内装とか綺麗だな」

「でしょ!私も最初来た時思った」

彼女に促され、店内に入る

入る前の印象そのままで、天井にはシャンデリアが飾られており、客層もいかにも金を持ってそうな人達だった

店員が来て席に案内され、腰を下ろす

「さーて、今日は何を食べようかな〜…ん?」

メニューに目を通して驚愕した

(安いのが一つもない…)

どれもこれもが高級料理すぎて俺には手が出せない

「どうしたの?」

明らかに動揺している俺の様子を察したのか、彼女が話しかけてくる

「いや、なんというか…俺は今日は昼はいいかな」

「あ、もしかしてぇ、想像よりも高すぎて震えてた?」

彼女はなんの迷いもなく店員を呼びつけ、注文をする

「とりあえずこのピザ2つで」と告げ、注文を終える

「おい待て、俺はまだ決めてないぞ」

「いいよ、今日は私が奢ってあげるから」

「……悪いな」

なんというか、申し訳ない気持ちだ

「そんなことないよ〜、私だって迎えに来て貰ってる訳だし」

「まぁそうだな」

それからは他愛のない話をした

最近何があったとか、次のライブはいつだとか、プロデューサーの愚痴なんかも聞いてやった

しばらく店内で談話に弾んでいたら料理が運ばれてきた

いかにもザ・ピザと言った感じだ

「マルゲリータだけど良かった?」

「大丈夫だ、むしろマルゲリータは俺は好きだ」

「へぇ〜、意外だねぇ」

「そんなことはないだろ」

と、適当なことを話しながらご馳走にありつけた

食事を終え、店を出てしばらくぶらぶら2人で歩く

傍から見ればカップルと相違ないが、どう考えてもルックスが合ってない気がするが気にしない方向で行く

「これからどうする〜?」

「そうだな、適当に散歩でもするか、別行動するか」

「せっかく一緒なんだから、散歩しよっ!」

「それもいいが、ちょっとヤニを吸いた」

すんでのところで彼女の手がポケットに突っ込んだ俺の手を掴んだ

「言ったよねぇ?私の前ではタバコ吸うなって」

「誰だよお前!?いつの間に俺の彼女にでもなったつもりか!」

口論になりかけたところである音が聞こえてきた

「ん、子どもの鳴き声?」

「ほんとだ、どこだろ?」

街中に響き渡るほどの子どもの鳴き声

「ちょっと探してみよ」

「お、おう、そうだな」

彼女に言われるがまま俺は子供の鳴き声がする方に行った


「なんだ君か、どうした?自首しに来たのか」

警官が俺を見て放った一言目がそれだった

「ちげぇよ全く」

「なんだ、隣の人は奥さんか?美人な人だねぇ」

「それもちげぇよ」

「なっ…!?お前、その子は子どもか!?」

「だからちげぇって」

反論しかけたところで警官は俺の肩を叩き

「お前…更生しろよ」

「……」

1発ぶん殴ってもいいかな?という気持ちを堪えた

「あの、この子迷子みたいで」

そこで彼女が割って入って来た

おそらくこのタイミングで入って来なかったら危うく手を出していたところだ

「あぁ、迷子か」

「はい、親とはぐれたみたいで」

「なるほどねぇ」

それから見つけた経緯などを交番などでいろいろ聞かれたが俺は面倒だったので外で待っていた

「いやぁー、お前あんな子と繋がりがあるなんてなぁ」

先ほどの警官が俺の横に立ち、タバコを吸う

「なぁ、ヤったんか?」

「なんでだよ」

「そんな隠すなって、いつかはバレるんだからよ」

「なんでそうなるんだよ、根拠は」

「彼女が通報する」

「ろくなもんじゃねえな警察ってのは」

そんなことを話しながら、交番の横の指名手配犯の写真を眺める

俺もこんな風になるところだったと思うと背筋が伸びる

しかし、その指名手配犯の写真の中で一つ気になる人物がいた

「なぁ、刑事さん」

「ん?どうした」

「こいつって…」

「あぁ、7年前の奴か、まだ見つかってないけど、つい最近に目撃情報があったから久々に貼ってみたんだとよ」

「7年前…!?」

その瞬間、何物にも言い換えれない悍ましい感情が生まれた

俺はこの人物を知っている、それも、とても身近に見た顔だ

そうだ…この笑顔、この顔に「俺の家族」は殺されたんだ

「刑事さん…」

「なんだ?」

「こいつの情報をくれ」

「は?何言って」

「いいからこいつの情報をくれ!どんな情報でも構わない、こいつに関する情報を全部くれ!」

俺は感情に委ねるまま、刑事を強く揺すった

「分かった分かった!分かったから離せ!」

それから刑事は交番から資料を取り出して俺にくれた

「いいか、絶対流失させるなよ、流したらお前のキンタマ使えなくするからな」

警官に念を押されて俺はその場を後にした


帰り道

迷子は無事母親に見つかり、事なきを得た

俺達はすることもなく、ぶらぶらと駐車場に向けて歩みを進めていた

「いやぁ、大変だったねぇ」

「そうだな」

「なかなかないよね、迷子を交番まで届けるって」

「あぁ」

「ねぇ、なんか空返事してない?」

「え?あぁ、すまんすまん」

「まぁ、事なきを得て良かったよ、私無事母親と再会出来たところで涙出ちゃったよ〜」

「まるで映画か何かだな」

「ほんとに感動したんだから〜」

彼女は思い出して泣いているようだった


彼女を指定の場所まで送って、それからは夜の星を何となく眺めながらぶらぶら帰路についた

その途中、交番でもらった男の資料を読んだ

痩せこけた蒼白の男

名前は呉絽(ごろ) 仁志(ひとし)

細身で身長は170cm前後

複数の犯罪歴を持っており、7年前より行方不明

と記されていた

呉絽 仁志

俺はその男に殺されかけた

だから俺はあの男を「殺した」

でも、なぜかあの男は「生きている」

そんなはずはない

だって俺はあの男を殺したんだ

それなのに生きているなんてありえない

自分で考えて頭がおかしくなりそうだ

考えるのをやめよう

しばらく歩いてマンション三階の自室を目指す

扉を開けて、いつぶりかの自室の匂いに意識を吸い込まれそうになる

そのまま寝てしまおうと思ったが、今起きているこの出来事を蔑ろに出来るはずがなかった

殺したはずの人が生きている

そんなことがこの世にあるのだろうか?

どちらにしろ、奴が今この世で生きていることには変わりはない

当時の感覚が蘇る

右手で握ったナイフを

左手で掴んだ彼のシャツを

右手で振りかざしたナイフから伝わる、「殺せ」という命令を

彼の首から流れ出る鮮血の色を

地べたに伝う彼の血液が美しいと興奮したことを

俺は全てを理解した

生きるために仕方ないことだ

「生きる為」には「殺さなければならない」

邪魔するものは生かしてはならない

だから僕は彼を殺す

生きているのなら、「もう一度」殺せばいい

そうして僕は、床に伏して眠りについた



……

………

目が覚めたのは明くる日の夜

目を開いたら、そこには漆黒の世界が広がっていた

一瞬ここはどこだろうと思ったが、考えてみたら俺は昨日からこの部屋で寝ていた

体を起こし、暗闇の中を歩く

途中テーブルやソファーに足をぶつけたがなんとか灯りを付けることが出来た

瞬間、視界が白け、周りが見えなくなる

時間が経つにつれて、目は慣れてきた

辺りには自分が暮らしてきた見慣れた空間がそこにあった

近くのソファーに座り、横になる

反発のあるソファーは横になった自分を受け入れてくれそうになかった

「今日は誰を殺そうか」

唐突にそんな思考が降って湧いた

自分でも驚いた

こんなことを考えたことなんて生まれてこの方一度もないのに、なぜそんなことを考えたのか自分でも困惑している

自分じゃない誰かの言葉なのか、それとも自分が今まで奥底で抱いてきた本音なのか

今はそれが分からない

考えるだけ無駄だ


時刻は午前二時

漆黒が空を覆い尽くし、辺りには電柱の青い灯りが微かに地面を照らしているだけだった

その地を歩む俺は一体何者なのだろうか

深夜の街は静けさで包まれていて


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ