《幕間・少年と魔女》
タイトル通り《幕間》です。
リンフ側の視点(思点?)になります。
読み飛ばしても構わない部分です←
とりあえずこれ食べろ、と言って渡された、籠に入ったパンを見て、リンフのお腹が思い出したかのように盛大にぐうぅ、と鳴った。
「……やっぱり腹減ってるよな」
苦笑いと共にカンザキがそう言った。
「倒れる前に食べてくれ」
少し困ったような顔でカンザキが言うので、リンフは受け取ったパンを持ってキッチンのテーブルについた。カンザキが見えるようにして椅子に座る。リンフがキッチンからカンザキを見ると、カンザキと目が合った。カンザキは安心したように少し微笑んでから、ソファーとローテーブルの間に座った。カンザキの姿がソファーで隠れて見えなくなる。
リンフはぎくりとしてカンザキの姿を求めて駆け寄ると、ぱちん、と指を鳴らす音がした。ソファーを背に座ったカンザキが魔法で何か──小さな容器──を出したところだった。カンザキはそれをローテーブルに置くとリンフに気付いてこちらを見た。
「ん、どうした?」
「それ……薬ですか?」
「あぁ。まぁ、一応、塗っとこうと思ってな」
「お、おれっ、背中の方ぬります!」
リンフはカンザキの傍まで迫り、ひざまづいた。
その勢いに気圧されてか、カンザキがやや身を引いた。
「いや、お前は食べるのが先だ」
宥めるようにカンザキはリンフの肩に手を置いた。
だが、リンフは首を振って否の意を示した。
「おれに、させてください……っ」
リンフは膝の上で拳を握った。
カンザキは黙って数秒リンフを見た後、ふと表情を緩めた。
「それじゃあ、頼む」
言って、カンザキは塗り薬の入った容器をリンフに渡すと、身体の向きを変えてリンフに背中を向けた。それから、着ている浴衣をはだけて傷口を露にした。
「う……」
リンフはその傷口を見て、容器を開けようとしていた手を止める。
まだうっすらと血の滲む抉れた傷口に、リンフは顔を歪めた。
「……無理しなくていいぞ」
カンザキがリンフの事を気遣ってそんな言葉をかける。
その言葉を聞いてリンフは意を決して、カンザキに返事をしないまま、塗り薬の容器を開けた。
「わぁ……っ」
容器の中身──塗り薬を見て、リンフは感嘆の声を上げた。
塗り薬はまるで宝石のように──エメラルドグリーンに透けて光の粒を内包していた。
「キレイな薬……」
「ははっ、そりゃありがとさん」
笑って、カンザキが言う。
「え?」
「ん? いや、それアタシが作ったもんだから」
魔女が薬を作れるのは当然だろ──とカンザキは更に笑った。
「驚くのもいいけど、早速塗ってくれないか?」
苦笑するカンザキに促されてリンフは我に返り、指先で薬をすくい取った。
「べたべた塗って構わないからな」
カンザキがそう言うのでリンフは、傷口に指先が強く触れないようにそぅっと、傷口を擦らないよう気をつけながらゆっくり薬を塗りつけていく。そうして傷を見ているうちに見慣れてきて、リンフの頭に一つの疑問が浮かんだ。
家の扉の隙間からカンザキの姿を探そうとして外の様子を窺うと、カンザキが一斉掃射を受ける瞬間を見てしまった。驚いてリンフが飛び出すと、カンザキは一瞬でリンフの所まで来た。だいぶ距離があったはずなのに、それを一気に詰めた。あんなことが出来るなら、あの一斉掃射でも避けることが出来たんじゃないか──と。
大怪我をせずに済んだのでは無いかとリンフは思った。
なのに何故。
「なんで……避けなかったんですか?」
三つ目の傷口に指をかけたところで、リンフは疑問をカンザキに投げた。カンザキは質問の意図を察したようで、
「唐突だな。なんでって、まぁ……面倒臭かったから」
と、けろりと軽くカンザキは答えた。
「は?」
意外な理由にリンフは薬を塗る手を止める。
「め、面倒臭い……から?」
驚きすぎて鸚鵡返しになる。
「ん。避けて逃げて走り回るとな、木に当たったりビルに当たったりして大変なんだぜ? 跳弾っていってどこに弾が行くか分からなくなるときもあるしな」
だから面倒臭いんだよ避けると──とカンザキは言った。
「で、でもこんな大怪我するよりは……」
リンフが言うと、カンザキは小さく肩を揺らして笑う。
「こんなの大怪我じゃねぇよ。ほっときゃ治るし、これが被害少なくて楽なんだよ」
カンザキの言った言葉に、リンフは己の顔から表情が消えるのが分かった。
何を言っているのだろうこの人は。
被害が少ない?
自分自身はこんな大怪我を負っているのに?
一体、何が楽だというのだ。
「……いたい」
リンフの口から言葉が溢れた。
カンザキが振り返る。
「なんだお前、やっぱりケガして──」
「ちがう」
リンフはカンザキに言葉と共に首を横に振って否定する。
「ちがう。おれがいたいのはここです」
甚平の重ね目を、薬がついているのも構わずギュッと握る。
「おれ……カンザキさんがケガするの、みたくないです……っ」
言いながら、リンフは胸の奥に痛みを覚えて顔を歪める。
じわり、と涙が滲み始めて視界が霞んだ。
泣いてばかりの己が恥ずかしくて悔しい。
「なんだか泣かせてばかりいるな、アタシは」
自嘲するようにカンザキが呟いた。
そして、涙で霞むリンフの目の前に立てた小指を差し出した。
「約束をしようか。──これからは、怪我をしないようにする」
そう言ったカンザキは、いつもの飄々とした顔ではなかった。
リンフは黙って頷いた後、カンザキの小指に己の小指を絡ませた。
リンフは薬を塗り終えたあと、カンザキに言われて空腹をパンで満たした。
そのあとで、二人はお互いの髪をタオルで拭いて乾かし合った。