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隻眼隻腕の魔女と少年  作者: 麻酔
第一章
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少年のお願い

 カンザキが目を覚ますと、寝ていたのはソファーの上だった。

「……あ?」

 思わず出た疑問の声は(かす)れ、息を吸ったところで(のど)(かわ)きに()き込むと、口を押さえた手の平に(わず)かに血が吐き出された。

 それを見て、カンザキは眠る前のことを思い出した。

 急に魔法を使ったものだから立ち(くら)みのようなものを起こして倒れ、その後から来た肉体の損傷を回復するための眠気に飲まれたのだった。

 ソファーから起き上がろうとしてカラダに力を入れると、(ぞう)()の中に違和感を覚える。

「こりゃ中に弾残ってんな……」

 上半身を起こし、傷口を見ようとして服のボタンに手をかけたところで気付く。

「ん?」

 見ると上着──臙脂(えんじ)色のジャケット、そのボタンが全て外されていた。

 その上。

 脱ごうと手を掛けたインナーもよく見ると襟元(えりもと)のボタンが二つほど外され、中途半端に乱れている。

「?」

 記憶を思い返すが、家に入ってすぐに倒れた(眠った)記憶しか無い。

 はて、とカンザキが困惑していると、すぐ傍で気配を感じた。

 見ると、テーブルに突っ伏して寝ているリンフの姿があった。

 その頭の上でクロも寝ている。

「こいつら……」

 ずっと傍に居たのだろうか。

 よく見ると少し顔に(かげ)りが──泣き腫らしたあとが──あるように見える。

「…………」

 カンザキは音を立てないように──一人と一匹を起こさないように──ソファーを抜けると、汚れを落とすため、風呂場に移動した。

 乾いて張り付いた血と共に服をすべて脱いでしまうと、己の身体を(あらた)めた。

 目に映る範囲の傷はほとんど塞がりかけている。もともと魔女として肉体的に回復力の早い方だ。一週間内では全ての傷が塞がるだろう。カンザキは更に傷の状態を見て、その治り具合から自分が寝ていたのは三日ほどであることを推測する。

「チッ、背中にも残ってやがんな……」

 動く度に引き()れて、背部に痛みと違和感が走る。

「とりあえず、弾、取るか……」

 目を(つむ)り、魔力と共に意識を身体(からだ)全身(ぜんしん)に行き渡らせる。

 背中にある弾の存在と位置を把握(はあく)すると、それらに魔力をまとわりつかせた。背中にある弾は五つ。リンフに向けて撃たれた弾だ。これを──魔力で一気に引く。

「ぐっ──!」

 背中から飛び出した弾が、血と共に風呂場の床に落ちる。

「──はっ、はっ、はっ、っ……」

 続けて、体幹に意識を向ける。

 残るはこの内臓のあちらこちらにある弾だ。これらは少し移動させて──胃に集めてから──口から一気に吐き出す。

「──かっ、がはっ、……っ、はーっ、はっ、ごほっ……おぉっ……、っはーっ、はーっ」

 喉が、吐き出した胃酸でぴりつく。弾のいくつかが食道(しょくどう)粘膜(ねんまく)を傷つけたようだが、これはすぐに治るだろう。

 吐き気が収まるのを待たずに、湯船に張ってあった水に手桶を突っ込み、汲んだ水で口の中を(すす)ぎ吐き捨ててから、一息つく。

「…………」

 痛みと吐き気の余韻(よいん)から意識を()らそうと、襲ってきた連中のことを考える。

 連中は何をしに来たんだろうか。

 カンザキを『臙脂色の魔女』と確認した上で撃ってきた。ということは、カンザキを殺すことが目的だったということになるのだが──しかし。カンザキを殺すことが目的であれば、何も侵入する時点で二手に分かれる必要は無い。まとめてまとまってカンザキを襲えばいいだけなのだ──その方が、殺傷率も高く見積もることができたはず。

 何故そうしなかったのか。

 妙に、引っかかる。

 そんな思考の消化不良に拍車をかける気付きも出てきた。

 連中の装備だ。

 カンザキを狙って来た──カンザキを『臙脂色の魔女』と知って襲う為の装備とは思えなかった。銃火器のそれもそうだが、魔女の魔法に対する──カンザキの魔法に対する装備を全くしていなかった。

「……死にに来た、ってワケじゃあ無さそうだったけどな」

 倒れた仲間に背を向けて逃げるくらいだ。

 そんなワケじゃあ、無論、ないだろう。

「マジで何し来たんだあいつら……」

 分からなさすぎて軽くイラつき呟きを落とす。

 これ以上考えると更にイラつきそうだったので、カンザキは頭から水を被り、思考を汚れと共に洗い流した。

 と。

 遠くからバタバタと足音が聞こえた。それは家の中を走り回っているようで、しばらくもすると風呂場に近づいてきた。

「カンザキさん!」

 風呂場の扉が開かれ、リンフとクロが飛び込んできた。

「カンザキさんっ、いっ、いたぁー」

 半べそ状態のリンフが大声を上げながらカンザキに抱きつく。

「いたぁーってお前そりゃこっちのセリフだ痛ぇんだよ。ちょ、()れる()れる」

 抱きついてきたリンフを引き()がしながら言う。

「うっ……、カンザキさん、消えたと思ったぁ……っ」

 ぐすぐすと鼻をすすりながらリンフは言った。

「なんで消えんだよ、消えるわけねーだろ」

「だって、カンザキさん、すごいケガしてるんだもん、死んじゃって、消えちゃったのかと思って……っ」

「死んでも消えねーよ。魔女をなんだと思ってるんだお前……」

 ぐずるリンフを(なだ)めようとその頭をぽんぽんとしようとして、その手が濡れていることに気付いてやめた。

「アタシが居なくなるこたぁねーから。取り敢えず、出て待っててくれるか」

 頭では無く、腕をぽんぽんと叩いて促すと、リンフは鼻をすすりながらも頷き、とぼとぼと風呂場を出て行った。

「……やっぱりガキはガキか……」

 小さく呟いてカンザキは、クロを呼んで体内から出した弾を片付けて(食べて)もらい、改めて身体を洗うと、クロに手伝ってもらいながら臙脂色の浴衣(魔法で出した)に着替えた。

 風呂場から出ようと脱衣所を抜けて、扉を開ける。

「うおっ」

 扉を開けたすぐそこでリンフが座り込んでいた。

 どうやらここで待っていたらしい。

「お前……こんな所で出待ちすんなよな……」

 溜息と共に小言を洩らす。

「だって……」

 ぐすっ、とリンフが再びぐずりそうになる。

「ちょ、ストップ。それ以上泣くとマジで消えるぞ」

「! い、いやだ!」

「じゃ、その涙拭いて止めろ。んで、それが出来たらお前も湯浴(ゆあ)みして着替えろ」

「わ、わかった……でも」

「なんだよ」

「み、みえるとこに……いてほしい」

 リンフの言葉に一瞬呆けたカンザキだが、考えが追いついて納得した。

 不安──なのだ。

 一瞬でも居なくなった──見えなくなったカンザキが、また目を離すと本当にいなくなってしまうのではないかと不安で仕方ないのだ。

 こればっかりは態度で示さないと信用して貰えないだろう。

「分かったよ。この脱衣所にいるから。ここなら扉越しに見えるだろ?」

 風呂場から脱衣所に出る扉には(くも)硝子(ガラス)()め込まれている。ここに立っていれば、影が見えるので、そこにいることが分かるだろう。

「ほら、さっさと入れよ。着替えは用意しておくから」

 パチン、と指をならして着替えを空中から出すカンザキにリンフは頷いて答えて、服を脱ぎ、風呂場へ入っていった。

 カンザキは脱いで籠に置かれたリンフの服を見る。服はところどころ赤黒く汚れていた。おそらく、あれから風呂に入っていなかったのだろう。

 それどころか。

 食事すら摂っていないと思われた。

 服を脱いでいるときに垣間見たリンフの体つきは、三日前のそれよりも細くなっているように見えた。

「………………」

 カンザキは着替えを棚に置くと、空いた手でガリガリと頭を搔いた。

 えらく心配させてしまったな、と反省しながら。

 リンフが風呂から上がり着替え終えるのを待ってから、カンザキはキッチンに移動する──その後にリンフが続いて来る。

 まずはリンフに何か食べさせないと、と思ってパンが置いてあるキッチンテーブルを見たカンザキだったが、そこで傍と気付く。

 キッチンは綺麗に片付けられていた。

 カンザキの(倒れる前の)記憶では、連中が侵入してきた──進入してきたとき、確か昼食を摂っている最中だったはず……であるから、食べ残した皿なり鍋なり残っているはずだが。

 片付けたのだろうか。リンフが。

 それについて色々と気になったカンザキだったが、リンフにパンを食べさせることを優先しそれ以上は思考を掘り下げず、キッチンテーブルに置いてあるパンをそれが入っている籠ごと手に取りソファーまで移動する。ソファーの方が身体を休められると思ってのことだったが、そこでもリンフが頑張った跡を目にした。さっきは寝起きで気付かなかったが、ローテーブルには本が散乱(さんらん)していて、()まれたものやページの開かれたままのものが乱雑(らんざつ)に置かれており、それもよく見ると全て──医学・医術・医療……と、そういった関係の本だった。

 そこで、カンザキは己が眠り込んでから以降のリンフの行動をあらかた察することができた。

 リンフはクロに言ってカンザキをソファーまで移動させた後、どうやら傷を手当てしようとしたようだ──カンザキの服が中途半端に乱れていたのは多分、傷を見ようと──()ようとしたからだろう。だが、服を脱がそうにも子供の力では意識のない大人から服を脱がすことは出来ず、触った分だけ()(くず)れてしまった。せめて、何か出来ないかと書斎(しょさい)から医学に関する本を引っ張り出してきたのだ──けれども、実用するには本が難しすぎた。

 カンザキはリンフを振り返った。

 リンフは、涙をこらえるように顔をくしゃくしゃにしていた。

 カンザキは、パンをローテーブルに置くと、リンフに向けて受け止めるように右腕を──気持ちでは両腕を──広げた。

「ん」

 微笑んで、来い、と促す。

 リンフはカンザキの意を察すると、こらえていた涙を零しながら抱きついてきた。

 顔をカンザキの胸の下に埋める。

 そんなリンフをカンザキは抱きしめる。

「──っ、カンザキさん……っ、おれ……っ、なにもできなくて……っ」

 顔を埋めたままリンフは話す。

「がんばってしらべたけど……っ、しらべたけどなにもできなくてっ、どうしたらいいかわかんなくて……っ」

 胸中にある感情を吐きだすように(あらわ)にするリンフ。

 カンザキは頷きながら、その露わに吐きだされた感情を受け止めた。

「…………アタシの為に頑張ってくれたんだな、ありがとう。あと……不安にさせて悪かった」

 ぽんぽんと背中をたたくと、リンフはハッと顔を上げてカンザキを見たが、一拍(いっぱく)と見合ってすぐに声を上げて更に泣いた。小さな身体で抱きついて啼泣(ていきゅう)する様子は、察するに余る程の不安を抱えていたことを物語っていた。

 カンザキはそんなリンフを見ながら、申し訳なく思うと同時に──こんなに感情をぶつけてきたのは初めてだな──と妙な感慨(かんがい)を覚えた。

 涙と共に(あふ)れる感情を流して零して出し切るのを、カンザキは黙って静かに待った。

 やがて、少しずつ泣く声は小さくなり、しゃくりあげるのも落ち着いてきた。

 カンザキはリンフの頭を撫で、その柔らかい髪を指で()いた。

 髪、乾かしてやんねぇとな──とカンザキの思考が日常に戻り掛けたところで。

 不意に。

 リンフが抱きついたまま、カンザキの浴衣を(にぎ)りしめた。

「……カンザキさん」

 (うる)んだままの声で静かにカンザキを呼ぶリンフ。

「ん」

 カンザキが短く応じる。

 リンフは浴衣を更に握りしめると、顔を上げた。

 目と目が合ってカンザキは──その目にある意志に気圧される。

「おれに、人の傷を治す方法を教えて下さい」

 思いがけないリンフの言葉にカンザキは驚きながらも、そうきたか、と感心した。

 魔法を教えて、ではなく。

 方法を教えて、と。

 そこで『魔法』と言わなかったのは何故なのか、カンザキは気になったものの()えてそこには触れないことにした。カンザキにとってそれは──その方が都合がいいからだ。

「……アタシが教えられる限りのことを教えてやるよ」

 言って、カンザキはリンフを見つめながら、その頭を撫でた。するとリンフは何かを(こら)えるような表情になり、それから顔を伏せて小さな声で、ありがとうございます、と言った。

 カンザキはそんなリンフを見ながら、これは丁度いい、と思った。

 そういう知識──傷の治療法など──を有していればリンフ自身がケガを負ったときも役に立つだろう。

 そしてなにより。

 一人で──否、人の中で生きていく上でも役立つはずだ。

 カンザキはリンフが独り立ちするときのことを考えながら──リンフの濡れた髪を指で梳いた。

 読んで下さいましてありがとうございます。

 次回更新は6月10日(水)になります。

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