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隻眼隻腕の魔女と少年  作者: 麻酔
第五章
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魔女の追憶

前回の投稿が去年の12月だったことに衝撃を受けてます。

ホントに遅いっすね、筆が。

申し訳ありません……

 一瞬、脳裏に浮かんだのは《遺跡の森》に白衣野郎と共に侵入してきた黒衣の幼女だったが――目の前にいるのは幼女よりもやや成長した女子……十代前半頃の少女だった。

 少女と目が合う。

 目が合った瞬間、少女が息を詰めたのが判った。

 まぁ。

 分厚い壁にトンネルのような穴が空いたと思ったら、こちらに向けて銃を構えた片腕の大人がいたのだから、恐怖に身を竦めるのも当然だろう。悲鳴を上げなかったことが不思議なくらいだ。

 カンザキは害意がないことを示すため、驚かさないようゆっくりと銃口を下ろし、そのまま太股に装着されたホルスターへと銃身を収めた。

 少女の緊張が幾分か緩んだのが判った。

 さて、どうしたものか。

 追っ手が来るだろうからここから移動しなきゃならねぇんだが――と、カンザキは少女が立つ、穴の向こうにある部屋を見回した。天井、床、左右の壁は全て白い。カンザキが穴を空けたこちら側の壁もきっと白いのだろう。そんな真っ白な室内にあるのは、寝台、文机、本棚といった飾り気の無いものだけ。

 少女に目を戻す。

 その背の向こうに、扉があるのが見て取れた。あれがこの部屋に出入りできる唯一の扉のようだ。

 と、その扉の様相を見て、カンザキは眉を顰めた。

 覗き窓がある。

 少女の視線よりも上に。

 少女が背伸びをしても、その目が扉の向こう側を見ることが叶わない――そんな、絶妙に届かない位置だ。

 そんな仕様の扉が設えてあるということは――この少女。

 閉じ込められて――監禁されているのか。

「…………」

 脳裏から思い起こされた過去にカンザキは表情を堅くした。

 いま目の前にあるこの環境は――かつてにカンザキが目にしたことのある状況だった。

 ――《魔女研究》。

 紛うこと無くこの部屋は――あの研究施設を前身に、その構造を模して作られている。

 為さねば成らん事を――研くように究められるよう施されて設えられた建物だ。

 そう気づいてから、じわじわとあの《数百年前》の記憶が蘇ってくる。人生と言うには長すぎる時間を過ごしたはずなのだが、深く刻まれた記憶は記録のように明瞭に掘り起こされた。決して悪いだけのものでもなく、温かく微笑ましい思い出もあったが――それを塗りつぶす勢いで記憶が蘇り、一気に《あの時》のことがフラッシュバックしてきた。

 思わず右腕を左胸に持っていき、心をかき抱くようにそのまま握りしめる。指が衣服を巻き込んで衣擦れする。

「……お兄ちゃん……」

 少女の声でカンザキはハッと我に返る。

 体が今思い出したかのように空気を求める。そこでカンザキはそれまで己が呼吸を止めていたことに気が付いた。

「お兄ちゃんといっしょなの?」

 静かに浅い呼吸を繰り返すカンザキに、重ねて少女は訊いてくる。

「? お兄ちゃん……?」

 整いつつある呼吸の合間に問い返しながら、カンザキは少女に向き直る。

「ちがうの……? でも、お姉さんからお兄ちゃんの魔力を感じる……」

「!」

 この少女、魔力を感知することが出来るのか。

 それも、誰の魔力なのかまで感じ分けられるとは。

 なるほど。

 この少女もまた――研究対象であるということか。

 かつてはカンザキがそうであった――被検体。

 …………。

 使いたくも無い言葉が出てくる頭が憎い。

 気分が暗くなりかけたとき、遠くから響く軍靴の音を耳が捉えて、現在の状況へ意識を引き戻された。

 とりあえずは――

 少女への答えは沈黙で返し、カンザキは穴をくぐって部屋へ入った。そうして穴を振り返ると、ホルスターから銃身を取り出し、その銃口を元は壁だった砂山へ向ける。

「――結び合い、構え成し、閉じ塞げ。『閉塞構成』」

 空けたときよりもやや短く詠唱して引き金を四度引く。

 魔力の弾丸が砂山に埋もれた直後、魔法陣が四つ順番に展開される。そして、魔力を受けた砂山は風に吹かれて移動するようにさらさらと空中を滑っていき、空いた穴の縁へ順序よく向かっていく。そうして大きく開けられた穴は縁から徐々に埋まっていき、一度開けられたとは思えないように綺麗に元の壁に戻った。

 これでしばらくは時間稼ぎが出来るだろう。

 穴が塞がったのを見てからカンザキは銃をホルスターへねじ込むと、ドアへ向かい、覗き窓からドアの向こう側を窺った。あちら側はホールのようなところらしい。真っ白な床が広がり、妙なことに誰一人としていない。見えるのは硝子で仕切られた中庭のようなものだけで、他には何も無く白い壁だけだ。疑問に思いながらも、少女に下がるよう言い置いてから、魔力を両足へと流す。そして、左足を軸に体を右回転させ、その勢いを右足に乗せて――ドアへとぶつける。衝撃を受けたドアはひしゃげ、蝶番がちぎれ外れて吹き飛んだ。

 一つ息を吐いてカンザキがドアがあった枠をくぐろうとした時。

 服の背中が引っ張られた。

 振り返ると、少女がカンザキの服を掴んでいた。

「私も連れて行って」

 少女はカンザキが何か言う前にそう訴えてきた。

 カンザキは何とも答えてないが、兄の魔力が付いているということで、兄と一緒にいたものと思っているのだ。そして、カンザキに付いていけば、兄に会えるはずと考えたらしい。

 兄。

 カンザキから兄の魔力が感じられたという少女の言葉から考えるとそれは――リンフを攫うために魔法を使った者だ。ここにくる過程で触れた魔法はリンフの霧の魔法と、あの魔法陣以外にはない。

 ということは。

 リンフを攫った魔法陣を使ったのは、この少女の兄だということになる。

 この少女を連れてその兄の元に向かえば――

 少女は兄に。

 カンザキはリンフに。

 それぞれ会いたい人に会える可能性が高い。

 だが。

 今カンザキは追われていて、なおかつ攻撃までされている状況だ。

 連れ歩くには危険が伴う。

 魔女であるカンザキにとって、戦闘になっても少女を守りながら連れて行くことは可能ではある。が、しかし、その戦闘を少女に見せることは避けたい。防ぐにしろ応戦するにしろ、少なからず血を見るのは明らかだろうから。

「――ダメだ」

 カンザキは言って、少女の手を掴んで服からゆっくりと外した。

「ここにいろ」

 宥めるように少女の肩へ手を置いた。

 しかし少女は首を横に振る。

「やだ。ここにはいたくない」

 その言葉はカンザキの胸に痛みを走らせた。

 少女はここから逃げ出したいでもあるのだ。少女にとってはここはそういう場所だから。

 カンザキは逡巡したが、やはり連れて歩くよりもここに居る方が安全だろうと判断し、少女へ首を振る。

「悪いが、連れて行けない」

 圧を含めた声と目で少女を見据える。

 その目に少し怯えの色が差したのを見てカンザキは背を向けた。

 これで追っては来ないだろう。

 カンザキは先程蹴り飛ばした扉が転がっているのを尻目に、誰も居ないホールを進んだ。

 一切の音が無い。

 静かすぎる。

 硬質な床は、歩く度に、カンザキが履くヒールの音だけを響かせる。

 扉を蹴り飛ばしたとき、豪快な音を立てて扉が床で跳ねたはずだが――聞いた者が居ないのか誰一人と出てこない。

 ここには少女以外の人間がいないのか。

 一度、少女を振り返る。

 カンザキが言い置いたとおり、部屋の中に留まって、怯えの残る表情でこちらを見ている少女。

 それ以外の姿や気配がない。

 見回してみても目に入るのは、折れ曲がった扉と、硝子に囲まれた明るい中庭だ。硝子に切り取られたそこだけ、緑に溢れている。吹き抜けの作りなのか、上から太陽光が降り注いでいる。縦横無尽に施設内を逃げ回ってきたが、この中庭の様子から察するに階層的にここは上層階に位置するのだろう。

 《数百年前》の研究施設が前身となっているのなら、カンザキの記憶にある施設地図フロアマップを参考にしてもいいのかもしれない。ただ、カンザキの知る施設設備に中庭というものは無かったから、あくまでも参考程度にしかならないのだろうが。

 カンザキは当時の施設構造を思い出しながら、このフロア外へ繋がっているであろう扉へ向かって歩く。記憶と共に胸に湧き上がってきた感情を振り飛ばすように、扉を蹴り飛ばして壊し、直感と記憶を頼りに目的へ向かった。


読んでいただきましてありがとうございます。

誤字脱字、違和感などありましたら御一報くださいませ……

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