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隻眼隻腕の魔女と少年  作者: 麻酔
第五章
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少年の経緯

……遅くなりまして申し訳ありません。

 背後に何かが、と思ったときにはもう胴体が捕らえられていた。

「!?」

 背後を確認しようと首を(ひね)るも、その目に拘束者の姿を映す間もなく後方へ引っ張られていく。足に力を入れて踏ん張り抵抗するが、リンフの身体をがっちりと捕らえている力は強く、抵抗らしい抵抗も出来ず、身体は後方へと(かたむ)いていく。

「カン……ッ」

 手を伸ばしてカンザキの名を叫ぶも――更に加えられた力に上体を圧迫されて息が詰まった。それと同時に視界が滲んで歪み、(かす)かな眩暈(めまい)に襲われる。しかしそれは一瞬で収まり――その視界がガラリと変わった。

「――っ、は……?」

 眩暈が消え、目に映ったのはおぼろげに虹色に光る魔法陣。しかしそれは数秒後には消えて無くなり、代わりに白いタイルの壁や床が目に入ってくる。呆気に取られながら状況を把握しようと目を(めぐ)らせると、その視界に飛び込んできたのは地面に埋め込まれた四角い箱の中いっぱいに溜められた水だった。カンザキが写真付きの本で教えてくれた、主に泳ぐことを目的に()められた水――プールだ。写真で見るのと実際に見るのとでは感じ方が全く違う。その大きさと水の量に思わず目が()きつけられた。

 ――“『連れてきたか』”

 空間に反響する声。

 その声にハッと我に返り、警戒心でもって身構えながら視線を上げると、プールの向こう――その壁の上部に、ガラス張りの小部屋がこちらへ()り出すように(しつら)えられているのが見えた。そのガラスの向こうに白衣を着た男が居るのを認める。その顔には覚えがあった。

 『遺跡の森』に来た男だ。

 嫌悪感に顔を(ゆが)めて身構えようとしたリンフは、己がまだ何者かに掴まえられたままでいることに気づいて身を(よじ)る。

「――っ、離せ……っ!」

 胴体にまわされた腕は太く、がっちりとリンフの身体を抱え込んだままびくともしない。

「こ……っ、の……っ」

 引き剥がそうと己を掴んでいる腕に手を掛けた。

「!?」

 その感触にリンフは驚く。

 腕が、とても固く――硬かったからだ。

 この感触はヒトの皮膚ではあり得ない。

 リンフの脳内に、白衣の男と共に来たローブの男が思い起こされる。

 ――“『離してやれ』”

 再び声が響き、リンフは腕の拘束から解放された。

 硬質な腕による圧迫から解き放たれた身体に妙な膨張感を覚えながら振り返ると――リンフよりもやや上背のある、フードを被った体格の良いローブ姿の男がそこにいた。

 この風貌(ふうぼう)と威圧感。

 間違いない。

 あの時の甲殻男だ。

 ほんの僅かな交戦……否、あれは交戦とも言えない。相手からの一方的な攻撃を受け(しの)ぐことがやっとのものだったのだ。どうにか反撃しようとその攻撃に耐えながらも隙を(うかが)っていたのだが、結果として反撃どころか相手の隙など見つけられ無かった上に即死決定の一撃をくらいそうになった。

 カンザキが割って入らなければ――最悪なことになっていた。

 ――その時の男。

 咄嗟(とっさ)にリンフは男と距離を取る。

 森で戦意をぶつけたときは両腕が甲殻類の大鋏であったが、先程までリンフの身体を捕らえていた腕はヒトの腕の形をしていた。しかしよく見ると、その硬質な表面にはうっすらと甲殻類の様なそれ――ざらついた外殻の表面――が見える。ふと気づくと、それは変化していき、どのような仕組みであるのか、見ている内に腕は硬質な表面から徐々に変質していき、軟質な皮膚に変化して――見慣れた人間の腕になった。男は距離を取ったリンフに対して何をするでも無くそこに立っているだけで、構えるでも警戒するでも無く――やることは終わったとばかりに――その元に戻った両腕をマントの中に収めてしまった。

 ――“『少年――いや、リンフ君』”

 思いがけず名を呼ばれ、リンフは驚いて白衣の男の方へ振り向いた。

 警戒の色を強めて白衣の男を睨む。

 名前を名乗った覚えは無いのにどうして知っているのか。

 ――“『リンフ・シュヴァルツバルト。少年、これは――君の名前だろう?』”

 ファミリーネームまで当てられて、リンフは眉を(しか)める。

 確かにそれはリンフのフルネームだ。

 しかしどうして白衣の男は知っている?

 ――“『その反応だと合っているようだね』”

 白衣の男はそう言うが、リンフにはそれが白々しいものに聞こえた。まるで、最初から間違いないことは確信しているのに、あえて問いかけることでこちらの反応を楽しんでいるかのような(いや)なわざとらしさ――意地の悪さが感じられたのだ。

 この白衣の男は人を(もてあそ)ぶことに慣れている。

 そうリンフは直感した。

 そしてそれを何とも思わないどころか――人の喜怒哀楽、人が見せる感情的な反応のひとつひとつを見ては――嬉々として楽しんでいるのだ。

 ……そうであるならば。

 白衣の男が何を言おうとも、反応しなければ――無反応であればいい。

 そう考えてリンフは白衣の男から目を()らし、直立不動で(たたず)んでいるローブ男へ向き直った。

 白衣の男を完璧に意識から除外する形で無視した。

 だが。


 ――“『――君があの《臙脂(えんじ)色の魔女》と出会ったのは、五年前だね?』”


 続けられた話はリンフとカンザキの関係の始まりで――それを無視することは出来なかった。

 カンザキと出会ったその時期をこの男は知っている。

 何故かは分からないけれど――そのことがリンフの感情を(さか)()でした。

 不愉快だった。

 ふつふつと湧き上がる怒りの感情そのままにリンフは白衣の男をに睨みをぶつける。

 そんなリンフの睨みなど意に介した様子も無く、白衣の男は話を続ける。

 ――“『五年前にね、とあるコロニーからこの研究所へ輸送されるものがあったんだ』”

 その妙な話の(かじ)切りに、リンフは心中で首を(かし)げた。

 ――“『それがね、道の途中で事故に()ってしまってね。運が悪くて死んでしまったり、行方不明になったりしてしまったんだよ――《遺跡の森》の近くでね』”

 ざわり、とリンフの心中が騒ぎ立つ。

 五年前の《遺跡の森》。

 リンフはそこで行き倒れになった。

 そうして……カンザキに拾われた。

 まさか。

 自分は――

 ――“『リンフ・シュヴァルツバルト。その名前がこの輸送リストの中に()っているんだ。つまり――君は元々、私のものなんだよ』”

 頭の中に(にじ)むように浮かんだ予感を、白衣の男が言葉で明確化し――確定した。

 五年前のあの頃。

 数ヶ月とはいえ、街の中での路上生活は思った以上に辛かった。

 だから、大人が来たとき、乱暴な扱いだったにも関わらず、連れていかれることに抵抗しなかった。

 拾われて、“助けられたんだ”と思ったから。

 車に乗せられ揺られている間も不安は無かったし、他にも同じような子供が数人一緒で孤独感も無かった。その中の誰かがぼそりと(こぼ)した「売られるんだ」と言う言葉も怖くはなかった。むしろ、これで路上での生活が終わるのだからそれでもいいと思っていたのだ。

 そうして、救われた気でいた――あの時。

 あの車の行き先がここ(研究所)だったなんて。

 それも。

 白衣の男の言い方から察するに――研究の実験材料として使うためだったとは。

 ――“『まさかこんな形で手に入ろうとは思っても無かったよ』” 

 声色に、隠せない興奮が混ざったように聞こえた。

 それは白衣の男も自覚したようで、露わになってしまった興奮を抑えるためか、そこから少し無言の時間があった。

 そうして。

 ――“『君、あの赤い魔女に《喚起》をしてもらったんだね』”

 急にそう言われてリンフはぎくりと体を引きつらせた。

 ――“『ありがとう。私は嬉しいよ』”

 唐突に。

 敵だと認識している者から、そんな言葉を掛けられてリンフは困惑したが、直ぐにその言葉の意図を察する。

 魔力を使えるようになったリンフがこの研究所に来たことは、白衣の男にとって都合がよく――歓喜すべきことに他ならない。

『鴨が(ねぎ)背負(しょ)ってきた』――そういうことになるのだろう。

 だが。

 その前に気になるのは――どうしてその事を知っているのか。

 ここに来てリンフが魔法を使ったのはさっきの倉庫で霧を作った時だけ。

 もしや、隠れて見ていたのだろうか。

 いや、もしそうならカンザキがすぐに気づいているはず。

 では何故――

 ――“『それでね、リンフ君』”

 白衣の男の声に思考が(さえぎ)られる。

 ――“『倉庫では霧を作り出していたけれども……――他には何が出来るのかな?』”

 リンフはその問いを黙殺した。

 問われて答えるとは思っていないだろうに――それを承知の上で問うてくる。

 しかもその言い方がとてつもなく気に(さわ)る。

 やはりこの白衣の男はそういう性格なのだろう。言葉を(たく)みに使って人を弄び、その反応を楽しんでいるのだ。

 感じの悪い男だ、とリンフが嫌悪感を深めたところで、白衣の男が言った。

 ――“『――では、答えは実際にやってもらって見せてもらおうかな』”

 と、同時にローブ男が素早く動いた。

 その速さにリンフは反応できず、ローブ男の体当たりをまともに喰らい、驚きと共にプールの中へ落とされた。耳に響く鈍い水音、開けた目は水に浸かってぼやける。両腕で水を()いて水面を目指そうとするがバランスを立て直せず、泳ぐ体勢をうまく作れない。

 一瞬の逡巡(しゅんじゅん)の後、リンフは背負っていた刀を身体から外すことにし、手探りで身体の前にある結び目に手を掛け締まりを解いた。ふっ、と身体が軽くなる。そうして水面を目指す体勢を取ろうとしたところで。

 耳が水中を走る異音を捕らえると同時に――何かが身体に巻き付いた。

 その締め付けは強く、圧迫された肺から空気が押し出され、口からごぼりと逃げていく。

 巻き付いたものが何かを確認しようと、霞む視界にそれを映そうとした。が、巻き付いたそれはリンフの身体を持ち上げるように動く。水中から一気に押し上げられ、水面よりも高いところへ上げられる。身体が感知した空気を求めて反応し、咳き込みながらも荒い呼吸を繰り返す。その呼吸が整うのを待たずに頭を振って水を飛ばし、まだぼやける視界に映ったのは、人の腕の太さほどもある――軟体動物の触手。

 ぬめりで光を反射するそれは、嫌悪感を抱くのに十分なものだった。

 何とか抜け出そうと身を捩るが、吸盤が吸い付いてびくともしない。

 そして、その抵抗が良くなかったのか、リンフの抵抗を押さえ込もうと触手は更に締め付けてくる。

「か……っ!」

 まだ整っていない呼吸の回復が妨げられる。そうして呼吸がままならないながらもリンフは状況を把握しようと、刺激感が残るも明瞭さを取り戻しつつある目で本能的に周囲を探った。そうして数メートル下のプールへ目をやったとき――人影のようなものを捕らえた。

 水面から上半身が見えているようなその輪郭(シルエット)に何故か既視感を覚える。

 怪訝に思いながらよく見ようと瞬きを繰り返していると。

「いいざまだなぁ、赤い魔女ンとこのガキ」

 人影が喋った。

 その声にもうっすらと覚えがある。

 赤い魔女ンとこのガキ。

 これにも覚えが――

 ある。

 思い出した。

 フジノと行った《人里(コロニー)》でリンフに銃を向けた男だ。

 あの時の男がどうしてここに。

「へぇ? その顔だと俺のこと覚えてやがんのか。そりゃよかった」

 視界の(にじ)みが消えつつある中で――男の口元が不穏な笑みに歪むのが見えた。

「それなら安心して――いたぶれるってもんだ!」

 男が言い放つと同時に、リンフの視界が大きく振れた。

「!」

 直後、リンフの身体は水面に叩き付けられて再び――水中に沈められた。身体を締め付けられているため空気を吸うことも出来ないまま力ずくで水中に押し込まれる。反射的に口を閉じたものの、肺に(とど)められた空気は少ない。じわじわと息が詰められていく。体を縛る触手も緩む気配はない。先程の様にもがいても、酸素を無駄に消費するだけだろう。

 魔法を使わないと――

 そう思いつつも、白衣の男がそれを見たがっていることが頭を過ぎる。

 イヤだ。

 あいつになんか見せたくない。

 けどこのままじゃ――

 イヤだ。

 でも――

 ――苦しい……っ

「!」

 リンフが心中の葛藤と肺換気に限界を感じ始めたとき、水中から一気に引き上げられた。空気を求めて荒く呼吸をする。喘鳴(ぜんめい)にも似た音が耳に響く中、男の声が聞こえた。

「殺すなって言われてるからなぁ、あまり思い切ったことぁできねぇが……ぎりぎりで遊んでやるぜ」

 ぼやけた視界に映った男の顔が(えつ)に入ったような笑みに(ゆが)む。

 そんな男に(ろく)な反応も出来ず、荒い呼吸も(ととの)わないまま――リンフは再び水の中へ沈められた。


気が付けば年末が目の前でした。

来年は書くための執筆スケジュールを組みたいと思います。

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