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隻眼隻腕の魔女と少年  作者: 麻酔
第四章
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《幕間・藤と白》

おそようさまです。


楽しんでいただければ幸いです。

 ──見事に落ち込んでるわねぇ……。

 先導して二、三歩前を歩くヴァイスの背中を見ながら、フジノは心中でそう呟く。

 ヴェルデの住む森からカンザキたちと一緒にネーロの背に乗って移動し、先進的コロニーでカンザキとリンフが降りた後、そこからは二人で発展途上的コロニーまで来たのだが、ネーロが二人を下ろして飛び立った途端、ヴァイスの言葉数は極端に少なくなり、フジノが何と声を掛けてもヴァイスの反応は薄く、いつもなら言葉合戦に発展する言葉の応酬──その前哨戦すら起きなかった。

 意気消沈。

 まさにこの言葉が今のヴァイスに当て嵌まるようだった。

 その理由をフジノは知っている。

 ヴァイスがここまで落ち込んでいる、その事情の詳細を。

 フジノは腹積もりを決め、一つ息を吐いてから、ヴァイスの背中を見つめ直した。

 そして、今のその心に一番響くであろう言葉を掛ける。

「カンザキの話、ショックだった?」

 直球に。

 フジノはあえて言葉を選ばずに言った。

 ヴァイスの足が、ピタリと止まる。

 振り返りはしなかったが、やや顔を伏せるようにしたヴァイスが力なくゆっくりと口を開いた。

「……腕の一本です」

 気力を失った声でヴァイスは肯定や否定の言葉ではなく、水がそっと流れ出すように話し出した。

「それも……カンザキの場合は持っていたものを失いました。五体満足で生まれ持ってきたものの一つを失ったんです。僕らには想像することしか出来ませんが……それまで当たり前に出来ていたことなんかが難しくなって、熟せなくなって……そんな自分を受け入れるのは簡単なことじゃなかったはずです。……当時は子供だった僕たちでも出来ることにさえ……カンザキが難儀する場面だってありましたから」

 ヴァイスが吐露するのを、フジノは黙って聞いた。

 そして沈黙することで、続けて話し出すのを促す。

「だから僕はカンザキの左腕をどうにかしたいと思いました。ですから医者になりましたし、『文明化石』だって集めていました。けれど──」


 ──カンザキはそれを必要としていない。


 そのことを知ってしまった。

「……カンザキが望まないのなら……、必要だと思っていないのなら……僕がしてきたことの意味は全て失われました」

 そう言ったヴァイスの言葉尻の声は、行き場のない気持ちを表しているように重く、沈むように消えていった。

 数百年前──カンザキと共にヴェルデに拾われてからの時間はその多くを三人で共にした。元々、研究所では幾度となくカンザキと顔を合わせていたこともあり、二人はカンザキのことを覚えていて、幼心に知っている顔のカンザキを頼るように懐きにいったのを覚えている。ヴェルデやネーロと打ち解けてからも二人はカンザキと寝食を共にした。そしてそれだけでは無く、カンザキが何をするにも二人は付いてまわった。そうして分かったのが、左腕がないことで多くの不便があることだった。衣食住はヴェルデが全て整えてくれた為、不自由などしなかったのだが、それは五体満足あるフジノとヴァイスに限ったことで──カンザキは片腕のない不便さを露わにしていた。というのも、その時分ではカンザキも魔力は持っていても魔法を使う事は出来なかったため、着替えの一つを取っても時間が掛かり、食事も作法通りにすることは適わず、風呂や(トイレ)などには一番手こずっているようだったのだ。

 それらを見てきているヴァイスだからこそ、カンザキの為にと医学を学び、医術を身につけた上で更に医療を研究し──また、『文明遺跡』を回ってはそこに残る『文明化石』を集め、かつての最先端医療技術の一つである医用工学をも網羅しようとしていたのである。

 カンザキに左腕を……と、その一心で。

 けれども、ヴァイスはこのことをカンザキに知られたくない、と言っていた。本人曰く、カンザキには結果でもって知らせたい──報せたいとのことだった。それ故に、カンザキの前では、左腕の為に色々と手を尽くしていることを、おくびにも出したことはなかった。しかし、結果を出す前に、左腕に対するカンザキの心中を知ることになるとは──思ってもみなかった。

 己の左腕の話をしていた際の話しぶりと様子では、カンザキ本人に左腕を元に戻したいという意志はないようで──それどころか、全く──左腕に対して執着がないように思えた。

 そのことには少なからず──フジノもショックを受けている。

 現在、薬師を生業としているフジノだが、その今に至る経緯にはヴァイスが大きな理由となっているからだ。

 フジノは、ヴァイスの助けになればと、薬学を修得することを選んだ。

 それは、ヴァイスが医学を進むのであれば、そこにプラスして何か出来ないかと考えた末に決めたことだった。医療の一角である薬の知識でヴァイスを支えることが出来れば、と。そして、薬師として定期的にコロニーをまわっては、罹患者のいる家などから数多の相談を受け、投薬を行い、治験データなどを得られるようにしていた。これらで得た情報がいつか、ヴァイスの役に立つこと──ひいてはカンザキの為になることを期待して。

 だが、それらが役に立つことは──カンザキの為になることはなさそうだった。

 本人にその意志がないのであれば、それは只の……気持ちの押しつけになる。

 望んでもいないものを渡したところでカンザキは喜びなどしないだろう。

 喜ばせるどころか気負わせることになるのは──本意ではない。

 ……報われない思い。

 それを上手く手放せるほど、フジノは物分かり良いわけでは無い。

 受けたショックからフジノは落ち込むというよりも戸惑いが先に立ち、思考が巡り巡る内に──腹の底から湧き上がる怒りを覚えた。

(ヴァイスのしてきたことは無駄なことだったの?)

 カンザキ本人は知らないとはいえ、その口からそれが無駄なことだったのだと気付かされるのは──あまりにも衝撃が大きすぎる。

 何故。

 どうして。

 人を思っての行動は──その努力は、必ず報われるのではないのか。

 これほど──報われないこともあるのか。

 思い出してフジノはぶり返してきた感情に、ぎりと、奥歯を噛んだ。

 ──ヴァイスの思いが報われない悔しさに。

 普段はいがみ合っているが、これで実のところ、フジノはヴァイスを慕っている。

 真面目で、純粋。からかうといちいち反応してくる面白さと可愛さは、楽しくて愛でたくなる。更に、ヴァイス本来の気質──優しさが、フジノの心を揺さぶってやまなかった。先程も──鳥型のネーロの背中から降りる際にヴァイスは先に地面へ降り、エスコートするようにフジノへ手を伸ばし、フォローしながら地上に降ろしてくれた。普段、言い合いをしていても、場面場面でそういう気遣いなどを見せるヴァイスに、フジノは白を意味する名を持つのに相応しい心の持ち主だ、と思うようになり、気が付けば惹かれるようになっていた。

 ヴァイスはカンザキを慕っている。

 それを分かった上でフジノは、ヴァイスに寄せる想いを持ち続けていた。

 それ故か──怒りの矛先がカンザキに向いてしまった。

 あの時、お弟子ちゃん──リンフがカンザキを制さなければ、握っていた紅茶のカップを投げつけていただろう。カンザキが続けようとした言葉はその引き金に成り得た筈だ。

 ……カンザキが悪いわけではないことは分かっている。

 左腕について話をしなかったのも──これといって話題にしてこなかったからであるし、話に上がったとしても深くは話さなかっただけのことだと分かっている。

 けれども。

 ちゃんと話してくれてたら良かったのに、と思ってしまう。

 ここまできて。

 ここまでやってきて──それが報われないと知るなんて……なんて、酷なこと。

 こんな無情なことに──ヴァイスは耐えなければならないのか。

 胸から込み上げてくるものにフジノは目に涙を滲ませた。

 歩みを止めたままのヴァイスに駆け寄り──背中を抱きしめる。

「! フジノ? なん──」

 驚いて振り返ろうとするヴァイスだったが、フジノが腕にぎゅっと力を込めると動きと言葉を止めた。

 フジノは何も言わず黙ったまま、ヴァイスの背中に耳をくっつける。

「……フジノ?」

 何も言わないフジノをヴァイスは怪訝に思ったようだ。

 だが、何かを感じ取ったのか、ヴァイスもそれ以上は口を開かなかった。

 それから暫く──二人は無言の時間を共有した。

 


誤字や脱字などを見つけましたら、御一報下さいませ。

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