魔女の目的
遅くなりました(まさかの半年ぶりです)。
──三ヶ月後。
フジノを通じてヴェルデより連絡があった。
対立していた二つのコロニー、その両者に動きがあった──と。
連絡を受けてカンザキはすぐにリンフと共に身支度を整え、クロに留守番を言いつけてから、迎えに来てくれたフジノの魔法陣でヴェルデの元へ向かった。
魔法陣で移動した先はヴェルデの屋敷、その玄関へ続く階段の傍だった。
階段を上がっていくと、上がりきる二段手前で玄関の扉が開いた。
「……本当に即刻即座とは」
見下ろす形で三人を出迎えたネーロがそう感嘆に近い言葉を漏らす。
「ん? なんだ? 早過ぎたか?」
カンザキが見上げながら訊くと、ネーロは「いえ」と短く答えて三人を室内に促した。中に入ると、リビングで藤椅子に腰掛けたヴェルデがこちらを向くところだった。
「──あぁ、来たね。さ、皆こちらへ来るといい」
ヴェルデに招かれて、三人はソファへ腰を下ろす。
「何か分かんねーけど……ネーロに驚いた顔をされたんだが」
足を組みながらカンザキはキッチンに立つネーロの背中を見た。
「ふふっ、フジノに伝言をお願いした後にね、直ぐに来るはずだから飲み物を用意しておいてくれと頼んだら疑問に思われてね」
上品に笑ってヴェルデは言う。
「……まさか、一時間もしないうちにお越しになるとは思いもしませんでした」
飲み物を乗せたトレイを丁寧に運びながらこちらへ来たネーロはそう答えて、各々の前に上品な手つきでカップを置いていき、流れるような動作で飲み物を注いでいく。紅茶のいい香りがカンザキの鼻先に触れる。
「ん-、まぁ、ある程度の準備はしてたからな」
隣に座ったリンフに顔を向ける。カンザキと目が合うとリンフはこくりと頷いて応じたが、すぐに何かに気付いたようにハッとして「はい」と声に出した。
「──意外だな、君はそう言う気遣いが出来る子だったのか?」
そう言いながら姿を現したのはヴァイスだった。その手には軽食──サンドイッチとクッキーが乗せられた二段式のケーキスタンド──が提げられている。ヴァイスはそれをテーブルの真ん中に置くと、リンフを一瞥してからフジノの隣に座った。期せずして向かい合わせになってしまったリンフとヴァイスが目線をぶつけて火花を散らす。カンザキは仕方ねぇなと心中で独りごちてからリンフの頭を手の平で軽く叩いた。同時に、テーブルを挟んだ向かい側でもフジノがヴァイスをひっぱたいて取り鎮めていた。そうして、ヴェルデが腰掛ける藤椅子を上座とし、その左手側にカンザキとリンフが、その右手側にフジノとヴァイスが揃い、キッチンにトレイを置きに行ったネーロが戻り、ヴェルデの傍らに控えた。
そうして、皆が落ち着いたという雰囲気を感じ取ったヴェルデが口を開く。
「──さて、話を始めよう。……ヴァイス、改めて報告をしてくれるかい?」
穏やかな声でヴェルデが促すと、ひっぱたかれた頭をさすりながらヴァイスは報告を始めた。
「……先日、例の二つのコロニー──仮に先進的コロニーと発展途上的コロニーと呼びますが──そのコロニー間で、最後通牒が交わされたのち、宣戦布告が行われました」
さすっていた頭から手を下ろし、ヴァイスは一拍置いてから続けた。
「これにより、二つのコロニーはすでに臨戦態勢に入っています。おそらく、三日以内にはコロニー同士の中間地点の荒野にて、開戦されるかと」
後半の言葉に同意するようにヴェルデが小さく頷く。
「……事が始まる前に対処しておきたいのが私の希望だ。そして、その為には両者両方の戦力を同時に潰す必要がある」
いいながら、ヴェルデはその顔に僅かな悲しさを滲ませる。
ヴェルデは戦いや争いを好まない。それが喧嘩のような小さいものでも。
今回カンザキに協力を仰いだのも、心苦しい判断の末だったのだろうと思う。出来ることなら、一人でなんとか収めたいと──多分、ヴェルデ個人で平和的解決を目指してその努力をしていたに違いない。しかしそれが報われなかったため、カンザキに声を掛けたのだろう。ヴェルデのことだ、戦力をぶっ潰すとは言っているが、それは武器や兵器を無くすという意味で、狙いはそれによる両コロニーの戦意喪失だろう。
しかしそうするには多少の戦いは必要になってくる。
争いをさせないための戦いなど──出来ることなら選びたくはなかった筈だ。
「それで、二手に分かれて行動してもらうことになるのだけれど、例の少女のクローンがいるコロニーは……」
言葉を切って、ヴェルデは顔をカンザキに向ける。
「──もちろん、アタシとリンフだな」
ヴェルデの言葉を継いで、カンザキは言う。
カンザキとリンフの生活──平穏に、それなりにゆっくり暮らしていたところを、荒々しくもつつかれたのだ。平和な時間を崩された、それだけでも腹立たしいのだが、そのつついた理由がなんとも曖昧でハッキリしないことが、殊更、カンザキの胸中をモヤつかせている。それを取っ払うためには、あの白衣野郎の目的と考えをハッキリと聞き出さねばならない。
「それじゃ、もう一方は私とヴァイスね」
フジノが言って、ヴァイスも「そうですね」と同意を示した。
「では、そのようにお願いするよ。──それぞれ、何を為べきか……分かっているね?」
ヴェルデが確認するように言ったことに、フジノとヴァイスがそれぞれ「はい」と言って応える。カンザキも「ああ」と言って応じた。
話は終わり、空気が緩んだところで、各々は紅茶やケーキスタンドへ手を伸ばす。カンザキが手に取ったサンドイッチを一口囓ったところで、腕の通らない左袖がくいくいっと小さく引っ張られた。
「──、……なんだよ」
口の中の物を飲み下して、カンザキはリンフに向く。
「今ので……話は終わりなのか?」
リンフが遠慮がちに問うてくる。
「? そうだけど」
カンザキが応えると、リンフは僅かに口を開けてぽかんとした。
「どうかしたか?」
首を傾げて問うと、リンフは戸惑っているような表情になり、「あ……いや、その、俺……、俺とカンザキさんは具体的に何をするんだ?」と訊いてきた。
「うん? 具体的にって……ん-、まぁ、そうだな、武器庫を見つけて破壊するのと、それから……研究所に侵入して──クローン研究のデータを見つけて、それを全部ぶち壊す、だな。そんであとは──
──アタシの左腕を見つけることが出来たら上出来ってとこか」
答えてからカンザキは手にしていた囓りかけのサンドイッチに二口目をつける。租借して飲み下し、三口目を頬張るために口を開けたところで、場の空気に気付いて固まる。全員が動きを止めてカンザキを見ていた。その顔は揃いも揃って皆が同じ驚いたような──表情をしている。
「……なんだよ」
かぶりつこうとしていたサンドイッチを口元から離し、誰にとも無く言ってカンザキは怪訝に眉を顰める。
「……左腕……って……」
紅茶のカップを持ったまま固まっていたフジノが、なんとか絞り出したような声で言ったが、そのあとに言葉は続かなかったので、カンザキは彼らの表情から彼らの中に浮かんだであろう疑問を汲み取って答えた。
「アタシのクローンを造ったって事は、アタシの遺伝子情報があの白衣野郎の手元にあるってことだ。最初は研究データの中に残ってたんだろうな、くらいにしか思ってたんだが、よくよく考えてみると、それだけで造れるとは思えなくてな。それで、もしかしたらあの時のアタシの左腕は回収されていて──保存とか、保管とか、保持とかされていて──現存している……んじゃないか、って推測が出てきた」
あくまでもこれは憶測で当て推量の域を出ない考えなんだけどな、と付け加えてからカンザキはサンドイッチ(ようやっとの三口目)を頬張った。カンザキが咀嚼している間、誰も動かなかった。どうやらこの左腕の話は皆にとってかなり衝撃だったようだ。
「そ……それって」
リンフがカンザキの左袖を掴んだまま口を開いた。
「カンザキさんに左腕が戻るって事? 腕、くっつけられるのか?」
思ったことを純粋に口にしたであろうリンフの眼が、明るい感情を含んで少しだけ潤んでいるように見えた。そんなリンフを見てカンザキは苦い表情を返してから、首を左右に二、三度振った。
「いや、アタシの腕はこのままだ。戻らないし、くっつかない」
そう言うと、リンフの眼から明るさが消えた。
「で、でも、左腕があるかもしれないんだろ?」
「あくまでもそれは可能性の話で確定しているわけじゃあ無い。それに同じ可能性を話すなら──仮にあったとしても、そのアタシの左腕は原形をとどめてないだろうな」
カンザキが言うと、気を落としたのか左袖を掴むリンフの手が緩んだ。その心中を表すかのように、リンフの手から離れた左袖は衣擦れの音と共にソファに垂れ下がる。
「どうして……そんな……そんなことが」
「考えられるかっ。て?」
言葉尻を引き継ぐと、リンフは唇をきゅっと締めた。
「あいつらにとってアタシの左腕は──研究材料だからだ」
言って、手にしていた残りのサンドイッチを一気に頬張った。
「それは……どういうことですか?」
意外にも、問い返してきたのはネーロだった。
サンドイッチを食べ終え、紅茶で喉を潤してからカンザキは答えた。
「研究ってのは目的達成のために試行錯誤を繰り返して実験を進めていく事を云うだろ? そして、それを行うには研究対象の一部を材料として使う必要がある筈だ。つまり、実験や観察や調査などを繰り返せば繰り返すほど、材料は削られたり切られたりして消耗・消費される。それに、あるかも知れない、その可能性があるかもといっても、研究が始まった時期が早ければ──残っているとしても爪の一枚や二枚、もしくは肉片だけってことになってるかもな」
だから、アタシの腕はこのままだ。
カンザキは言い切った。
「……では……なぜ、見つけることが出来たら上出来、だと」
今度はヴァイスが口を開いた。僅かにその口元が震えたように見えたのは気のせいだろうか。
「処分するためだ」
キッパリとカンザキは言った。
「アタシの左腕があったから研究が長年続けられたのだとして……その過程で──あのクローン少女は造られた。だが、あの白衣野郎を見る限り、あの少女もまた、研究における過程、経過途中に過ぎないんだと思う。白衣野郎の目的は魔法と魔力を使える人間を生み出すこと……その為にやってるのは『魔女研究』だ。それも軍事的に利用するためにな。アタシはこれを止める。研究を続ける為に必要な物──積年の研究データと、アタシの左腕……それが一部でも残っているのであれば──全て破壊して処分する」
しゃべりすぎて口に渇きを覚えたカンザキは言い終えるとカップに手を伸ばし、紅茶をすすった。冷めてなお、紅茶の香りはカンザキに優しくあるのに一息つく。そうしてカンザキが紅茶の香りに浸っていると、がちゃんっ、と陶器がぶつかる音がした。驚いて目を上げると、フジノが厳しい目でこちらを見ていた。
「……カンザキ、あなた……っ」
入っていた紅茶は零れたが、奇跡的に何ともなかったカップを、割りそうなくらいに握りしめている。
その目の中に、怒りがあるのが分かった。
──あ。
とカンザキはフジノが怒る理由を察した。
「……もしかして、いまの話、これまでしてこなかったこと、怒ってるのか?」
「…………っ……!」
ティーカップの取っ手を握りしめるフジノの手に、更に力が込められる。
「あー……でも別に」
「カンザキさん」
フジノを宥めようとして口を開いたが、言いかけたところでリンフに止められた。怪訝に思ってリンフを見ると、首を左右に振った。
「カンザキさんがいま言おうとしたこと、言ったらダメだ」
リンフの言葉に、さらに怪訝になるカンザキ。
「言ったら、俺も怒るし、みんなも怒る」
リンフは真っ直ぐにカンザキを見ている。
「だから、考えて。何でみんなが怒っているのか──考えて」
見ると、リンフの手も拳に握りしめられている。
カンザキは右目を動かしてこの場に居る全員をうかがい見た。こちらを睨むフジノ、その傍で困った顔をしているヴァイス、苦笑いを浮かべて小さく息を吐くヴェルデ。ネーロは一人、その表情が読めなかった。
「……これじゃ、どっちが大人なのか分からないね」
そう言って空気を変えたのはヴェルデだった。
「カンザキのこの良くないクセについては事が済んでからにしよう。今はコロニー間の争いの方が先だからね。さて、食事が終わったら──すぐに取りかかってくれるかい?」
ヴェルデが促すように言って、各々が分かりましたと応じた。
カンザキにとってはなんとも気まずい空気だったが、今はやるべき事をやるかと決めて、サンドイッチに手を伸ばした。
楽しんでいただければ幸いです……




