少年の決心
ものっっっっっっっそい遅くなりまして申し訳ないです……
楽しんでいただけましたら幸いです……(泣)
寝る支度を調えたリンフは、自室に入るなり真っ直ぐに寝台へと向かった。深い溜息と共に寝間着の身を放るようにして前面から倒れ込む。リンフの体格を考慮されて設えられた寝台はその衝撃を物ともせず柔軟に受け止め、洗い立ての敷布からの清潔な香りがリンフの身体を包む。その気持ちよさに魔法を使うことに慣れていない身体は休むことを求めてすぐに脱力したが、頭は──意識はそういかなかった。倒れ込んだ勢いで半ば敷布に埋まった顔を横に向けると、目の前に猫の姿のクロがきてちょこんと座り、ぴぃ、と小さく鳴いた。そんなクロを視界に入れつつ、リンフは頭と意識を占領している今朝のことを思い返した。
──もし。
もし──『地球』がこの星に存在する全ての人の命と引き替えに己の元に来いと言ったらば。
その時は──それに応じる、とカンザキは言った。
その言葉はその答えは、リンフにとって受け入れがたい衝撃だった。
断ると思っていた。
そうでなくとも、何かしら考えてくれるのだろうと思っていた。
だが。
断るどころか考えるどころか──カンザキは応じると決めているようだった。
「………………」
リンフは口元をきゅっと締める。
──分かってはいるんだ。
カンザキが『地球』に応じると決めている理由を。
こういうのを“不可抗力”というのだろう。
イヤだと言えば、この星にいる全ての人の命が奪われる。そうなることが分かっていて断るようなヒトじゃないのだカンザキは。相手が『地球』ではなく他の者であればどうにか出来る余地があったかも知れない。だが、『地球』が言う──言おうとしているのだ。どうにかしようにも規模が違う。あの言い方からするに、きっと、その気になれば世界中の人間の命を奪う事など簡単に出来きてしまえるのだろう。リンフには『地球』がどんな力を持っているのかは分からないが、もしかしたらカンザキは『地球』の力を目の当たりにしたことがあるのかもしれない。
明確な天秤の傾きと抗い為す術の無さに、悔しさばかりがリンフの胸の中で暴れる。何も出来ないことはハッキリと分かっているのに、でもどうにか出来ないか考えて──考え尽くしたところで──改めてどうにも出来ないことの現実を再度と突きつけられる。
そんな荒れ狂う胸中にふと、カンザキが口にした『責任』と言う言葉を思い出された。
応じなくてはならない『責任』がそこにはあるのだと──カンザキは言っていた。
『責任』。
それが、いったいどこからくるものなのか、リンフは分からない
──『責任』ってなんだ?
──何に対しての『責任』なんだ?
カンザキには知らなくていいと言われた。
それも、ただ言われたのではなく──突き放すような声と、リンフを拒絶するような目で以て──言われた。
今まで見たことのない──感情が一切と無い表情で。
そこまで思い出してリンフは込み上げてくる在りし日の感情を抑えるように、ぐ、と拳を握った。
胸が凍り付くように恐かったし、お腹が冷えるように怖かった。どうしてあんな顔をしたのだろう。あんな……突き放すように絶つような、距離を取るように拒むような。あの顔はもう見たくない。厭であるし──嫌だ。
(カンザキさん──俺、カンザキさんと離れたくない)
「…………っ」
さらに拳に力が入る。
悔しい。
何も出来ない。
自分の無力さが腹立たしい。
「……っ、これから、なんだ」
耐えきれず、言葉が口を突いて出た。
じり、と瞼が熱をもつ。
これからなんだ。
恩を返すのは。
握りしめた拳を目の前に持ってきて見つめる。
背も伸びた。
今や、カンザキの手の届かない棚の高いところの物も簡単に取れる。
知識も増えた。
今や、カンザキの仕事である調剤や調合を手伝うことが出来る。
戦い方も覚えた。
今や、カンザキの代わりに『文明遺跡の森』に侵入してくる不届き者の相手も出来る。
そして。
望ましいことに──魔力の覚醒も得た。今はまだ目覚めたばかりだけれども。
この先、魔力の覚醒で寿命がどうなるか分からないと言われたけれど──けれども。
それ(寿命)が短かろうが長かろうが関係なかった。
これから命ある限りずっとカンザキの傍に居て。
これから命ある限りずっとカンザキの隣に立って。
これから命ある限りずっとカンザキと一緒に生きていく。
そうして恩を返していく──それはリンフの中で揺らがない未来であるはずだった。
だが。
そうするのだと決めていた未来が書き換え(ねじ曲げ)られようとしている。
その時が来て、抗っても力及ばず報われず『地球』がカンザキを連れて行ってしまったら。
何のために生きていけばいいのだろう。
今までカンザキに必要とされるために生きてきた。
彼女が失くしてしまった左眼の代わりになれるように。
彼女が失くしてしまった左腕の代わりになれるように。
森で拾われたあの日から──ずっと。
一緒にいることに意味があるのに──
「ふ……っ、うっ……、く、ふぅ……っ……」
込み上げてくる悔しさに抑えることの出来ない涙が溢れる。涙と共に口から漏れる嗚咽を枕に埋めて抑えた。
悔しい。
力のない己が悔しい。
……この悔しさには──覚えがある。
思い出して、ぎり、と奥歯を軋ませる。
──拾われて少しした頃……銃を持った男たちが襲ってきてカンザキが撃たれて倒れたときだ。己が幼かったこともあるが──あの時、何も出来なかった悔しさは胸から未だに拭えない。
手当の知識など全くなく、どうしていいか分からず、傷口から出てくる血に怯え、泣きながら書棚を漁り応急処置の方法が載った本をなんとか見つけ、ページをめくり、そこから対処をしはじめたのだが、結局は目についた布で血を止めることしか出来ず──悔しさと、このままカンザキが目覚めないんじゃないかという怖さに、泣くことしか出来なかった。
あれから医療の知識と薬学の知識は頭に詰め込んだ。
カンザキは無茶(怪我)をしないことを約束してくれたが、万が一のことがあっても……これから何があっても対処できるようにという一心で──
そこでリンフはハッとしたように枕から顔を上げた。
そうだ、これからだ。
これから──魔法を使えるようになって強くなればいい。
強さを目指していれば──どうにか対処できるようになるかもしれない。
相手が『地球』でも、何とかする余地ができるかもしれない。
リンフは、目にある涙の名残を拭った。
カンザキを諦めるには早い。
今、自分が出来ることをやろう。
そう心に決めて、明日もある魔法の実習のことを考えながら、リンフは眠りについた。
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