少年の焦慮
遅くなりまして申し訳ありません……!
朝。
リンフは目覚めるとすぐに寝台から身を起こした。
夢は見たものの、眠りの質は良かったようで、昨夜の強い眠気はもう僅かも残っていなかった。
夢──カンザキ。
リンフは見た夢の内容を思い出し、ハッとして皺の巻いたシーツに足を取られつつも寝台から弾むように降り、心持ち焦りながら部屋を出た。
カンザキに、今すぐ確かめたいことがある。
不安と懸念からくる焦燥に駆られつつ部屋からすぐのキッチンに出ると、カンザキは既に起きていて、食卓の椅子に背中を預けて座り本を読んでいた。リンフが台所兼食卓に出てきたのに気付くと、本から顔を上げた。
「おう、起きたか。もう少し寝過ごすかと思ったが……回復は早い方みたいだな」
リンフの様子を見て安心したように顔を緩ませたカンザキだったが、リンフにある不穏な気配を察したようでその表情が怪訝に引き締められた。
「……どうした」
カンザキはそれまで開いたままでいた本を閉じるとテーブルへ置き、椅子の背もたれから身を起こした。
リンフは朝の挨拶をすっとばし、報告するようにカンザキに言った。
「ゆ、めで、ごほっ、…………っ、夢、で、『地球』に会った」
寝起きで掠れる声に咳き込みながらリンフがそう言うと──『地球』という言葉が出た瞬間、カンザキの周りの空気にぴりっとしたものが走った気がした。
しかしそれが気のせいでは無いことを、リンフはハッと──それが己の言葉によるカンザキの緊張であることに気付いて、
「な、何かされた、訳じゃ無い、から」
と、慌てて害はなかったことを付け加えたが、起き抜けの喉から出た声は焦りも加わって掠れた上につっかえた。そんなリンフの様子を見てとって、カンザキは数秒の間を置いてから小さな溜息を吐くと、それと共に少しだけ緊張を解いたようだった。
「……とりあえず、座れよ」
促されてリンフは椅子に座った。対面のカンザキが食卓の上の水差しに手を伸ばして湯飲みに水を注ぎ、ほれ、といってリンフの前に置いた。リンフは湯飲みの中の水を一気に飲み干してから、話を続けた。
「……夢に、『地球』が出てきて」
そう仕切り直してリンフは夢の中でのことを話した。
『地球』が、『影』の魔法を教えようかと持ちかけてきたこと。
『地球』が、その目的と理由を露わに語ったこと。
そして──『地球』が、最後に宣ったことをカンザキに話した。
カンザキは話を聞き終えると、眉間に皺を寄せて少し呆れたように、あいつマジか……、と言葉を落とした。
そんなカンザキを見ながら、リンフは心の中に引っ掛かっている棘──言い知れない不安と拭いきれない懸念──を消したくて仕方が無かった。
「……カンザキさん」
「ん?」
「『地球』が言っていた……カンザキさんがあいつの恋人だったていうのは本当なのか?」
この年齢にしては不相応が過ぎるほど、恥じらいなど全くなく直球でリンフは訊いた。その直球過ぎる質問は、カンザキにとって意外なものだったらしく、答えが返ってくるのにやや一瞬の間があった。
「……いや、それはあいつが勝手に言ってるだけだ」
その答えを聞いてリンフは胸中にあった棘がひとつ消えて無くなったのを感じた。が、しかし、リンフの中にはまだもうひとつ棘が残っている──とても大きな棘が。
リンフはカンザキの顔を真っ直ぐに見据えて言う。
返ってくる答えに、少しの希望を持って。
「もし……『地球』が俺の夢の中で言っていたように──本当にそんなことを言ってきたら……カンザキさんはどうするんだ?」
そんなこと。
そんなこと──『地球』が地球上の人間全てを人質に取り、カンザキを求めるようなことを──言い示してきたなら。
カンザキはどうするだろうか。
“『地球』の元へ行く”、それ以外の答えを望みながら、リンフは返ってくる言葉を待った。
「どうするって……そんなん、考えるまでもねぇだろ」
言って、カンザキは少し困ったように笑った。
その表情にリンフが嫌な予感を覚えてすぐに、それは的中する。
「そんときは──『地球』のところへ行くだけだ」
その言葉の衝撃は強くリンフの心を乱し──声を失わせるには充分だった。
最悪な答えだったこともそうだが、それ以上にリンフを揺さぶったのはカンザキの口から“『地球』の元へ行く”という言葉を直接と聞いたことだった。
あんな。
あんなとち狂った嫌な奴のところにカンザキが行くなんて。
胸中にふつふつと込み上げてきた不愉快にも似た感情に、リンフは顔を歪める。
「……っ! なんで……っ!」
とうとう溢れる感情に耐えられなくなってリンフはその感情の勢いのまま立ち上がろうとした──が、それよりも早くテーブルに乗り上がったカンザキの右腕によって抑えられる。その力は強く、体が椅子に押し戻された。
「ぐっ……!」
押し戻された際の反動と頭を抑え止められたのとで喉から短い呻きが洩れる。
カンザキはリンフを抑えたその体勢のままで答えた。
「……なんでかって決まってるだろ。アタシにとっちゃお前らの方が大事だからだ」
ぎり、とリンフを抑えている右腕の力が僅かに強くなった。カンザキは続ける。
「この地球上に居る人々の中にお前やフジノたちが含まれているということもあるが、『地球』がそういう取引を提案してきたなら──アタシはこの選択をする」
「ど……うして」
リンフはカンザキの顔を──そこにある唯一の目である右眼を、激高に満ちた目で真っ向から睨んだ。カンザキはそんなリンフの睨視を真っ向から受け止めて──ゆっくりと、どこか重そうに口を開いた。
「アタシが取らなきゃならない責任が──そこにあるからだ」
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