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隻眼隻腕の魔女と少年  作者: 麻酔
第四章
35/44

魔女の溜息

だんだんと筆が遅くなってます……

申し訳ありません……


楽しんでいただけましたら幸いです……

 人の『魔力』には自然の魔力との相性がある。

 その相性の良き悪きに因って、使う『魔法』の得意不得意が分かれる。

 カンザキが四大元素を用いてリンフの『魔力』を鑑定していった結果、相性のよいものから順に、水・土・風・火、という序列になった。これはほぼ、カンザキが予想していた並びに近い。

「…………」

 基本的に。

 水の魔力は陰の気質、土の魔力と風の魔力は陰陽の気質、火の魔力は陽の気質をもつ。

 そして陰とは──影に通ずるとされている。

 このことにカンザキはますます──リンフが持つ『魔力』と影の魔力、その相性の良さを実感したのだった。

 強まる懸念がカンザキの胸中にある不安を煽る。

 鬱々しくなりそうな気分を切り替えるように心の中で溜息を吐いてから、カンザキはリンフに向き直った。見るとリンフは『水』との相性を鑑定したときのままで、己の手の平に浮かぶ水の玉を見つめていた。カンザキは初めての魔法に感動しているのだろうかと思ったが、その表情を探り見てそれは違うのだと気付いた。

「リンフ」

 ややぼんやりとしていたリンフにカンザキが声を掛けると、リンフはすぐにハッと我に返ったようで、カンザキを見返した。

「あ……」

「どうした?」

 その様子を窺う。

「いや、なんでもない……」

 リンフがそう言うので、カンザキはそれ以上訊いて掘り下げる事はせずに、リンフのその手元へと目をやった。ぼんやりとしているところへ声を掛けられたのに、魔力で作られた水の玉は少し揺らいでいるだけでその状態は保たれていた。

 この安定性。

 『水』でこれだけできるのであれば──『影』の魔法を使ったときの潜在能力はどれくらいのものになるのだろうか。

 カンザキは地面に目を落とし、昨夜に地球が言っていたことを思い出した。


 『それさぁ……聞きようによってはこう聞こえるよね──“教えるのを出来るだけ遅らせたい”ってさ』


 あの言葉をカンザキは否定しなかった。

 何故なら、それはその通りだったからだ。

 カンザキとしては遅らせたいどころか、『影』の魔法を教えたくないというのが本音だ。リンフにはまだ早いなどと言って誤魔化したが──出来ることならこの先もそれを教える時期は来なくていいと思っているし、むしろ、願わくばそんな時期など来るなとさえ思っている。

 カンザキがそれほどまでに教えたくないと思うのには、理由(ワケ)がある。

 リンフの魔力と相性の良い『影』。

 その『影』というものの性質が、あまりにも特殊すぎるのだ。

 確かにリンフにその魔法を教えれば、間違いなくその潜在能力を最大に発揮するだろう。

 だが。

 『影』の魔法は──術者を喰うのだ。

 それが、『影』の魔力の特殊性である。

 ある書物によれば、『影』の魔法を主に使っていた者たちはその悉くが、『影』に心身を喰われ、精神的に肉体的にと闇に落ちていったようだ。

 言葉通りの──『闇落ち』。

 そんな彼らの末路は想像に難くない。

 カンザキはリンフに、彼らのようにはなって欲しくないのだ。

 その為に『影』の魔法を教えたくないのである。

「カンザキさん?」

 呼ばれてハッとする。

「っと、悪い」

 今度はカンザキが我に返る番になってしまったようだ。

「大丈夫か?」

 リンフが怪訝そうにカンザキを見る。その様子を見てカンザキは、ついさっきと逆だな、と心中で独りごちて苦笑した。

「あぁ、大丈夫だ。……それ、もうやめていいぞ」

 未だに水の玉を手の平上で浮かせていたリンフは、カンザキの言葉を受けて魔法を解いた。水の玉は形を崩して地面に落ち、土の色を変える。

「さて、鑑定結果だが」

 カンザキはリンフに、相性の序列を告げてから、今後の進行チャート──これ以降はこの序列の順に教えていくことと、実践だけでなく座学もそのようにすること──を話した。リンフはカンザキの言うことを頷きながら最後まで聞いていて、そして、カンザキが話し終えたところで、、少し躊躇う様子を見せながら、

「カンザキさん。訊きたいことがある」

 と、言ってきた。

「ん、なんだ」

 カンザキが応じる姿勢を示すと、リンフは少し険しい面持ちになってから、溜めていたものを吐き出すように口を開いた。

「……“闇落ち”というのが何なのか、教えて欲しい」

 不安も入り交じる表情でリンフはカンザキを見る。

 カンザキはてっきり今しがた説明したこれからのスケジュールに対することを訊かれるのかと思ったが、違う質問──それもカンザキが考えていたことに触れる質問──が来たので、カンザキはぎくりとして一瞬間を取られた。

「……さっきぼんやりしてたのはそれを考えてたからか」

 昨夜の地球とのやり取りを思い出しながらそう聞き返すと、リンフはこくりと頷いた。

 カンザキは少し考える。

 ここで──本来の意味も含めて“闇落ち”とは何かを教えたら、どうするのだろうか。

 教えるつもりは無い、と、その意志と理由もはっきり伝えたらどうするのだろうか。

 ……諦めてくれるだろうか。

 そんな僅かな希望を持って──カンザキは質問の答えを返した。

「“闇落ち”ってのは……善人だったヤツが悪人になっちまうことだ」

 とりあえずはリンフの反応を見ようと思い、端的な説明をした。

 すると、リンフは少しだけ考えるような仕草をしてから、

「それは……性格が変わるってことか?」

 と、己の推測を確認するようにリンフは訊いてきた。

 カンザキは少し間を置いてから答えた。

「……本来の意味は、善人あるいは普通の価値観を持つ者が、何かをきっかけにして物事に対する考え方が善から悪へ反転するこというんだが、ここでの意味は……少し、違う」

 そう、前置きするように答えてからカンザキは心中にある全てを話した。

 『影』の魔法の特殊性。

 その魔法を使った術者の末路。

 それ故に、教えたくないという本音。

「……お前にとっちゃ不都合だろうとは思うが、理解してくれるとありがたい──」

 カンザキが言い切るか切らないかのうちに、リンフが抱きしめてきた。

「な」

 急なことにカンザキは反応できなかった。

「そういうこと……だったのか……」

 静かに言葉を落としたリンフに、カンザキは怪訝な顔をする。

「カンザキさんはずっと考えて……悩んでたのか?」

「悩んでたっつーか……まぁ、考えてたっつーか」

 ぐ、とリンフがその腕に力を込めるのが分かった。

「俺は、カンザキさんに……守ってもらってばかりだ」

 悔しそうな声で、リンフはそう言う。

「いや……こればっかりは不可抗力だろ。魔力の相性は最初から分かるもんじゃねーしな」

 溜息を尽きながらそう言うと、リンフの様子が悔しそうなものから不安そうなものへと変わる気配がした。

「リンフ?」

 表情が見えないので気になって呼んでみると、数秒してから反応があった。

「後悔、してるか?」

 急にそう訊かれて、カンザキはきょとんとする。「何をだ?」と訊き返しそうになったところで、はたと『喚起』した時のことを思い出した。


『アタシが後悔するっつーの』

『それは俺が絶対にさせない』


 あの時は『喚起』したあとの寿命に関してのやりとりだったが──その言葉が今、再び絡んでくることになるとはリンフも思ってはいなかっただろう。

 カンザキは宥めるようにリンフの腕をぽんぽんと軽く叩いた。

「それがなぁ、不思議と後悔はしてねぇんだよな」

 はっきりとそう答えを返した。

 それは嘘偽り無く本当の事で、訊かれるまで「後悔」の文字は一切と頭に無かった。

「後悔……してないのか」

 カンザキを抱いていた腕を解き、リンフが驚いたように訊いてくる。

「ん、正直言って全くな。それよりもどうしたらいいかを考えちまってた」

 そう言うと、リンフの気配から不安が消えたように感じた。

「……カンザキさんって」

 そう、何かを言いかけてその先の言葉を止めるリンフを、カンザキは怪訝な顔で見上げた。

「ん?」

「いや……うん、何でもない」

 リンフは首を横に振って、後の言葉を続けなかった。

「なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ」

 何やら言い淀むのでカンザキは気になって促した。

 リンフは少し迷うように地面に視線を這わせると、遠慮がちに口を開いた。

「カンザキさんって、前向きな考え方するよなって思って」

「あ? 前向き? どこが。むしろ後退的だろ」

「あー……そこは多分、見解の相違があるから」

 言っても分からないと思う、とリンフは苦笑いしながら言った。

 その仕草と表情がやけに大人びているように見えて、カンザキはハッとさせられると同時に、その表情に魅入ってしまった。

「カンザキさん?」

 呼ばれて、カンザキは思い出したかのように息を吸った。

「は……話を戻すぞ。さっきも言った通り、アタシはお前に『影』の魔法を教えたくない。それは理解してくれるか?」

 カンザキは己の挙動を誤魔化すように話を切り替えた。

「うん、理由は分かったし、カンザキさんをこれ以上不安にさせたくないから、『影』の魔法は使えないままでいい」

 緑色の目でこちらを真っ直ぐに見て頷くリンフに、カンザキは心中で安堵の息を吐いた。

「それじゃあ、今日はこのまま少し実践を続けて──」


 ぐぅうぅぅぅぅ。


 仕切り直そうとしたカンザキの言葉を遮るように、腹の虫が鳴く音が響いた。

「…………」

「…………」

 カンザキが無言でリンフの腹へ視線を動かすと、リンフは己の腹へ手をやり恥ずかしそうに顔を伏せた。

「──ふっはっ」

 カンザキは短く噴き出したあと、お腹を抱えて笑った。

「そ……そんなに笑うなよ、仕方ないだろ」

 軽くカンザキを睨むリンフ。

「はっはっはっ、いや、悪い、うん、そうだな、仕方ねぇな」

 リンフの睨みは効果を得ず。カンザキは笑いを収められないままそう応じて、住処にしているビルとそれを支える大樹へ目をやった。朝には地面に薄く大きくあったその影は、いつのまにか小さくなってそれらの真下に色濃く映っていた。どうやらそろそろ本当に昼になるらしい。

「っふ、はぁ。成長期の腹時計は正確だな」

 笑いを収めながらカンザキがそう言うと、リンフは恥ずかしいのか、ふいっとそっぽを向いてしまった。

 からかえば年相応の反応を見せるリンフにカンザキは、さっきの大人びた雰囲気はどこへいったんだか──と心の中で苦笑しながら呟いた。

「よし。じゃあ昼飯を食ってから、このあとの予定を考えようか」

 カンザキがそう言うとリンフは、まだ少し恥ずかしさの残る表情で小さく頷いた。

 そうして先にカンザキが住処へと歩き出すと、リンフが慣れた動きでカンザキの左側について並び歩く。

 その動きにカンザキは、クセになっちまってるなぁ、と心中で溜息を吐いた。

 左眼と左腕が失われているカンザキを思っての行動であることは本人に訊くまでもなく分かっている。だが、少し思うところのあるカンザキとしては、リンフに染みついてしまったその気遣いに複雑な気持ちにならざるを得なかった。

 それは本来、持たなくてもいいクセであり──持たなくてもいい気遣いであるからだ。

 カンザキは少しだけ気鬱になった。


 ……アタシが居なくなった後──これはこいつにどう残るんだろうか……


 声には出さず己の中でそう呟いてからカンザキは、本日一番の大きな溜息を吐いた。


読んでいただきましてありがとうございます。


気になるところがありましたら、御一報くださいませ……

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[一言] わぁ……! 二人の距離感に何だかドキドキです! 悪い方へ転がりませんように……!
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