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隻眼隻腕の魔女と少年  作者: 麻酔
第一章
3/43

魔女と少年

 それから。

 カンザキは少年──リンフに、ここで暮らしていくための──これから生きていくための──アレコレを教えた。

 料理に始まり、洗濯、掃除、庭仕事、クロの遊び相手、おまけに勉強……と人の中で生きていく(ため)の知識や技術をリンフに与えた。リンフはそれらを拒否することなく受け入れた。特に家事は飲み込みが早く、二週間ともすれば、一通(ひととお)り教えた以上に──カンザキの手伝いどころのレベルではなく──出来るようになってしまった。

 そんなリンフを見てカンザキは考える。

 もしや。

 もしや、これらの家事をやったことがあるのではないか──と。

「…………」

 そこからさらに考えると。

 親を亡くした後、引き取られた先やどこかでそんな扱いを受けていたのではないか──という可能性が出てくる。

 もしくは。

 親、それそもそもがそういう扱いをしていた──とも。

 そこまで考えてカンザキはその考えにチッと舌打ちをした。

「!?」

 視界の端で、リンフが肩をビクつかせた。

「あ、か、カンザキさん……?」

 フライパンを握るリンフが怯えた表情で、顔色を(うかが)うようにこちらを見上げている。

 焜炉(コンロ)の前。

 二人はキッチンで夕飯の支度をしていた。

「お、おれ、何か……」

「あー、いや、悪ぃ悪ぃ」

 カンザキは誤魔化(ごまか)し笑いをして、リンフの頭を撫でた。撫でられたリンフは疑問符を頭上に連出する。

「お前が何かやらかしたとかじゃないから」

 ぽんぽん、と(なだ)めるように頭を軽くたたいて、カンザキは用意した二人分の皿を焜炉(コンロ)の近くに置いた。リンフはフライパンから魚のムニエルをそれぞれの皿に移していく。カンザキはそれをトレイに載せ、テーブルへセッティングする。カトラリーとサラダ、パンは(すで)にセッティング済みなのであとは食べるだけだった。席についていただきますと挨拶(あいさつ)をしてフォークを手に取り食事を始める。ムニエルを味わいながら、やっぱり慣れた感じするよなぁ、としみじみカンザキは思った。

 そうして食事も終わり。

 カンザキはリンフが片付けをする音を聞きながら食後の読書に(ふけ)っていた。

 しばらくして、片付けを終えたリンフが紅茶を淹れてきた。カンザキに一つ、自分にも一つとカップを置き、テーブルの真ん中にティーポットを据えると、カンザキの対面に座る。視界の端でその動きを気にしていたカンザキは、紅茶のカップに手を添えたままこちらを見つめるリンフの視線に妙な気配を感じて本から顔を上げた。

「……なんだよ」

「!」

 目と目が合い、驚いたリンフがびくりと肩を震わせる。

 その顔に怯えの色を見てカンザキは心中で慌てた。

「あー……、いや、別に怒ってるわけじゃなくてな……何かアタシに言いたいことでもあんのかな、って思ってな」

 誤魔化すように笑ってカンザキは本を閉じてテーブルに置く。

 リンフはカンザキと一度目を合わせたが、すぐにふいっと顔ごと視線を()らす。

「…………」

「…………」

 気まずくなり、お互いに黙る。

 こういう時の自分の態度と口の悪さが憎くなるぜ、とカンザキは自分自身に呆れて心中で溜息を吐いた。

 とりあえず、リンフがどうするか待ってみることにした。

 そして。

「あ、あの……カンザキさん」

 おずおずとリンフが口を開いた。

「ん」

 カンザキは聞く体勢に入る。

「ちょっと……きいてもいいですか?」

「……なんだ」

 カンザキは(おび)えさせないよう(つと)めて言った。

 リンフが意を決したように顔を上げる。

「その、ひ、左腕と、左眼、の、ことなんですけど……っ」

 教えてくれますか、と言ってリンフは緊張の面持ちでカンザキを見た。

 目と目が合う。

 その(ひとみ)の中に、幼いなりに気をつかって色々と悩んでいたのだというリンフの気持ちが表れていた。それを知ってカンザキは思わず、ふっ、と表情を(ゆる)めた。

 出会ってから約二週間。

 その間、ずっと気になっていたのだろう。

 片目片腕の姿はその見た目から大人でさえ顔色を変える。子供であれば(なお)、印象が強いはずである。

 気にならないわけがない。

 しかしリンフはカンザキに気を(つか)って、訊くに訊けなくて悩んでいたようだ。

 十歳前後の子供がする気遣いじゃないじゃないよな、と思うと同時に、一体どういう路上生活を送ってきたらこうなるんだろう、と気になったカンザキだったが、それは頭の隅にやり、「いいぜ」と応じてリンフからの質問を待った。

「か、カンザキさんは、魔法が使えるんですよね」

「あぁ、一応、魔女だからな」

「その……魔法で治せないんですか?」

 そう訊くリンフはなぜか(つら)そうな顔になっている。

「んー、あー、それなー」

 言いながらカンザキはテーブルに頬杖(ほおづえ)をついた。

「これ、治せねぇのよ」

 片目──右眼でリンフを見てハッキリとカンザキは答えた。

「治せない……」

 鸚鵡(おうむ)返しに(つぶや)くリンフ。

 その目に色んな感情が浮かんだのを見て取ったカンザキはリンフが何か言う前に言葉を続けた。

「まぁ、治そうとも思ってないからな。このままだ」

 頬杖していた体勢から体を起こし、カンザキは紅茶をすする。

 当人であるカンザキは目が片方無くとも腕が片方無くとも困ってはいないのだ。いざという時は魔女らしく魔法を使えばいいのだから。

「でも、カンザキさんが自分の為に魔法使うところ、あんまり見たことないです」

「ん、まぁ、普段は使わないようにしてるし、使うのは仕事とか必要なときだけって決めてるからな」

 答えながらカンザキはここまでの会話で、リンフが年齢不相応にも気の回る少年であることを確信した。

 気が回るというか。

 気が付くというか。

 カンザキが普段、何の為に魔法を使うのか──どんなときに魔法を使うのか、を──この二週間で見て分かっている。

 よく人を見ている子だ。

「訊きたいことはこれだけか?」

 リンフがそれ以上何も訊いてこなかったので、カンザキがそう言うとリンフは小さく(うなず)いた。

「よし。じゃ、その紅茶飲んだら部屋行って勉強な」

 リンフが申し訳なさそうな顔で何か言おうとしていたが、カンザキは(さえぎ)るように(さき)んじて言った。リンフは制されたことを察して、言いかけた言葉を引っ込め、紅茶と一緒に飲み下す。その様子を見てカンザキは、やっぱり年齢不相応なやつだよなぁ、と思いながら読書に戻った。

 しばらくして紅茶を飲み終えたリンフがカップを洗ってから部屋に行くのを、カンザキは視界の端で見送った。

 読んで下さいましてありがとうございます。

 次回更新は5月27日(水)の15:00になります。


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