魔女の準備
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カンザキとリンフの二人が山小屋の外へ出ると、ヴェルデ、ネーロ(獣姿)、フジノの三名にヴァイスが加わり、桟橋の上で真面目な顔を突き合わせていた。
四人の間に漂っている妙な雰囲気と、何故ヴァイスがここに居るのかという疑問にカンザキが首を傾げていると、後ろから「なんでアイツがいるんだ……」とリンフが不機嫌に零すのが聞こえた。
「お前……ヴァイスが来ると不機嫌になるよな」
振り返りながらカンザキが言うと、リンフはその不機嫌さを隠すこともなく、「……アイツとは気が合わない」とはっきり言った。
それから歩いて四人の居る桟橋に着くと、先にネーロがこちらに気付き、三人に言葉を掛けて促し、桟橋に居る全員がこちらへ顔を向けた。
「カンザキ! 貴女も居たんですね!」
桟橋を歩くカンザキの姿を認めて、ヴァイスがぱっと表情を明るくさせる。
「ちょっとぉ~、私の時と反応が違うんですけどぉ~?」
フジノが湿気った目でヴァイスを見て言う。
「普段の行いの違いですよ」
「何よぉ、ヴァイスのクセにぃ」
「意味の分からない発言は止めて下さい」
「その態度すんごいむかつくぅ」
ぎゃいのぎゃいのと二人が言い合いを始めるのを尻目にカンザキは、ヴェルデの近くまで歩み寄った。その気配を察してヴェルデがやや少し顔を上げる。
「話は終わったかい?」
真面目だった表情から微笑みに変えて、ヴェルデが窺ってくる。
「ん」
こくり、と頷いてカンザキは短く答えた。
「ふふ、これを機にその性格が直ればいいんだけれどね」
そう言ってヴェルデが笑うと、カンザキは何も言えずに苦笑いを返した。
「それで……話はどう落ち着いたのかな?」
ヴェルデは微笑みのまま話を促す。
「リンフに……『喚起』をする」
カンザキが言うと、ヴェルデは「そうかい」と安心したように頷いた。
「それで……師匠にお願いしたいことがあるんだが」
「ん? なんだい?」
「『喚起』のあと、アタシがリンフに魔法を教えようと思っているんだが、アタシは魔法の教え方を知らねーんだ。だから、魔法の教え方を教えて欲しい」
そうカンザキが頼むと、ヴェルデはきょとんとして「そんなもの、ないよ」と答えた。
「と、いうか、今の君なら出来るはずだけれど」
「今のアタシなら?」
「うん」
言われてカンザキはどういうことか分からずに疑問符を頭上に浮かべて首を捻る。
「君さ、リンフ君に武道を教えているだろう?」
「ん? まぁ、武道っていうか……自分のことくらい自分で守れるようにって教えてはいるけど」
リンフをちらりと見てカンザキは答える。
「武道を教えるのも魔法を教えるのも、そう、大して変わらないよ。カンザキがリンフ君を思って教えているのなら──想って教えるのなら──大丈夫だ」
そうはっきりとヴェルデは言い切った。
そんな師の言葉にカンザキは少し気恥ずかしさを覚えつつ──全力でリンフの為になるように教えようと誓った。
「……さて、話は『喚起』のことに戻すけれど……何か、必要なものはあるかい?」
ヴェルデがそう訊いてくる。
「あ、いや、特には……」
ない、と言いかけてカンザキは言葉を止める。
『喚起』をすると決まったものの──決めたものの、リンフと、この身一つだけでいいと思っていたが、よくよく考えてみれば、それをする場所を選ばなければならないことに気付いた。
事の流れ上、ここにいる面子を残して一度住処に帰る、ということは出来ない。今や、皆が当事者であるのだとカンザキは認識している。しかし、かといってヴェルデの山小屋で、という訳にもいかないだろう。何せ、意識的に──意図的に、『喚起』をするのは初めてなのだ。何が起こるか分からない。もしも、山小屋を壊すようなことになればヴェルデとネーロの生活する場所が無くなり、被る迷惑は甚だしいものになる。それは絶対に避けたい。
と、なれば。
「……この辺りでどこか、ひらけた場所があれば教えて欲しい。できれば、何も無い場所がいいんだけど」
カンザキは考えて、その希望を伝えた。
「ひらけた場所? うーん……。ネーロ、どこか心当たりのある場所はあるかい?」
ヴェルデが疑問を向けると、ネーロは首を振って「ない」と答えた。
この辺り一帯は、カンザキが暮らしていた時のままのようだ。
大きく変わったことがなかったようで安心しつつ──そう行った場所がないのであれば仕方ない、と場所を探すことからしなくてはならないことにカンザキが悩ましく溜息を吐いたところで、ヴェルデがのんびりとした口調で言う。
「──作ろうか?」
その言葉にカンザキは驚いてヴェルデを見た。
さも手軽な様にヴェルデは口にしたが、中々な衝撃的発言である。
「作るったって……どうやって?」
面食らったままでカンザキは問う。
「簡単なことだよ。森を開けばいいだけだから」
「森を開くって……」
言うほどそんなに簡単なことでは無いはずだが。
「私は君たちより長くここで……この森で魔女をやっているのだよ?」
ふふふ、と悪戯っぽく笑ってヴェルデは言う。
「この森とは──この木々たちとは友達でね。少しの間、友達に場所を借りるとしよう」
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