《幕間・緑と藤》
幕間です。
師匠と弟子の一場面です。
「──んもぅ、師匠ってばぁ、カンザキに甘すぎぃ」
湖の畔から伸びる桟橋から足を降ろし、その足先を湖面すれすれにゆらゆらと揺らしながらフジノが不服を漏らす。
「……ふふ、そう、見えたのかい?」
そのすぐ後ろで、黒いもふもふの獣の横腹にもたれながら、ヴェルデがゆったりと応じる。ヴェルデの身体を預かっているのは黒い獣に変化したネーロだ。
「だぁってぇ、そんなに強くは言ってくれなかったしぃ、私としてはぁ、もう少し怒鳴るとかして欲しかったんだけどぉ」
フジノは頬を膨らませて不満そうだ。
「う~ん、怒鳴るのはどうにも苦手でねぇ」
あまりしたくはないんだよ──とヴェルデは苦笑した。
「でも……もうちょっとこう、厳しくカンザキを責めて欲しかったわぁ」
ぶらぶらとさせている足先で湖面が揺れるのを見ながらフジノはぼやく。
「ふふ、そうか……」
言葉にはしないが、ヴェルデは申し訳なさそうに声のトーンを落とす。それを聞いてフジノはちょっと言い過ぎたかな、と申し訳ない気持ちになった。
「……次にカンザキが同じようなことをしたらぁ、その時はもっと怒ってよねぇ」
これ以上の不満を漏らすのは止め、フジノはこの話題を終わらせるようにそう言った。
「ふふ……善処するよ」
しかし、ヴェルデは小さな笑い声と共にそう返す。
「えぇ~、もっとちゃんと約束してよぉ」
フジノは頬を膨らませたままヴェルデを振り返り見る。ヴェルデはネーロの獣毛を撫でながらとても穏やかな優しい微笑みをフジノに向けていた。
「……師匠?」
いつもの笑顔とはまた違う雰囲気のヴェルデに、フジノは少し困惑する。
「いや……うん……うん……。あれは少し……周りの者に対する認識を改めなければならないねぇ」
微笑みに少し寂しそうな色を見せてヴェルデは言う。あれ、とはカンザキのことだろう。
その言葉の意味をフジノは察した。
「ほんと、私もそう思うわぁ」
フジノは湖面に目を戻しながら同意する。そうして悲しそうに顔を伏せた。
カンザキにとって自分たちは一体どんな存在として認識されているのだろうか、とフジノは考える。心配をかけたくない気持ちも分かるが、こうまでも大事な話を端折ってくるとなると、本人にそのつもりは無くとも、端折られた話をされた側としては、何となく不信感を抱かれているようで──悲しくなる。
「……私たちって友達じゃなかったのかしらねぇ……」
フジノはぽつりと湖面にそう呟きを落とした。僅かに湖面が波打ったのは落とした言葉に込めた思いの重さの所為だろうか。
と。
不意に、ネーロがぴくりと何かに反応し、僅かにその細長い鼻先を上げた。
「──主。ヴァイスが来た」
短くネーロがそう伝える。
「ヴァイス?」
フジノは湖面から顔を上げて辺りを見回す。
すると、少し離れた森の影から白い影──ヴァイスが姿を見せた。ヴァイスは桟橋に居る三人(?)を見つけると、何故か一瞬、引くような様子を見せ、しかしすぐに取り直して桟橋へ向かって歩いてきた。ヴァイスはフジノの前で足を止めると、眉を顰めた。
「……なんで貴女がここにいるんですか、フジノ」
来て第一声、嫌そうな顔をしてヴァイスは言う。
先程、一瞬だけ引いたのはフジノの姿を認めたからのようだ。
その言い種にフジノはムッとする。
「なんだっていいでしょぉー? あんたこそ何しに来たのよぉ」
売り言葉に買い言葉で返すフジノ。
「っ、私は師匠にお伝えしたいことがあるから来たんです!」
そんなフジノに、ヴァイスはやや噛み付きがちにここに来た目的を言って返す。
「……何かあったのかな?」
ネーロに身体を預けたまま、ヴェルデはヴァイスに声を掛ける。
「あ、いえ、その、何かあったというか……少し、お耳に入れたい話がありまして」
「なんだい?」
促されてヴァイスは、表情を引き締めてから話を始めた。
「──先日、例の抗争中のコロニーへ赴くことがあったのですが、そこで……カンザキと同じ顔をした少女を見かけまして」
フジノの顔に不穏な色が影を落とす。フジノがヴェルデを見ると、ヴェルデも眉根を寄せていた。ヴェルデにはフジノがカンザキを説教してもらう為にリンフから聞いた話を伝えているので、同じことを考えているのだろう。
その少女は──白衣の男が連れていたというカンザキのクローンではないかと。
「どこで見かけたのよぉ」
ヴァイスに向き直ってフジノが訊く。
「コロニー直属の部隊が所有する病院です」
聞いてフジノは驚きに目を見開く。
「師匠が気に掛けている抗争の現地でのことだったものですから、一応、お伝えしておこうと思いまして」
ヴァイスが話し終えるのを見て、フジノは再びヴェルデを見た。
ヴェルデは何か考えているのか、やや顔を伏せがちになり沈黙している。
それからたっぷり沈むように黙ってからヴェルデは、ゆっくりと顔を上げた。
「気に掛けておくだけじゃ駄目そうだね──」
そういってヴェルデは溜息を吐いた。
「この抗争は──ぶっ潰さなきゃいけないようだ」
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