少年の際会
引き続き、楽しんで頂けましたら幸いです……
山小屋に入ると、その内装は見た目通りのものだった。丸太を重ねた壁、丸太を組んだ天井、堅い板を張った床。食卓、椅子、食器棚、収納棚、といった設えてある家具も、その全てが木製であった。そんな山小屋の雰囲気に、リンフはハッキリとした既視感を覚えた。
それもそのはず。
配置は違うが、その内装はカンザキとリンフの住処にそっくりなのである。
そっくり。
ということは、あの住処の内装はここを模して作られたのだろうか。
そんなことを思いながら、リンフが室内の様相をまじまじと見ていると。
「──いらっしゃい」
部屋の奥から、やわらかい声がした。
リンフが声のした方へ目を遣ると、しかしどこにもその姿が見当たらない。
確かに声はしたのに、と軽く混乱するリンフの視界で、こちらに背を向けている藤椅子が動いた。回転式のものであったようで、そこに、声の主──淡い緑色のワンピースを纏った女性が穏やかに座っていた。
「ふふ、初めまして、リンフ君。話はフジノから聞いているよ」
柔和に微笑んで、その女性は言う。
リンフも、初めまして、と挨拶を返した。
「私はヴェルデという。──すまないが、リンフ君。こちらへ来てくれるかい?」
そう言って女性──ヴェルデは手招きをする。
一瞬は戸惑ったものの、リンフは少しの緊張と共にヴェルデの元へ歩み寄った。
「随分と身長があるんだね。あぁ、でもこの感じだとネーロの方が高いのかな?」
リンフを前に小首を傾げるヴェルデ。
「……俺が一九五だから、彼は一八〇前後だろう」
後ろから、低い声がヴェルデの疑問に答える。
先程のベストスーツを着た男だ。ネーロという名前らしい。
「そうか。ではネーロより少し低いくらいだね。ふむ……歳の頃は十四、五の辺りだと聞いているけれど……成長期だし、これからもっと伸びる可能性もあるねぇ」
ごはんを沢山食べたらネーロを追い越すかもね──そう言って、ヴェルデは楽しそうに笑った。
そんなヴェルデにどう反応していいか分からずにいるリンフは、一つだけ気になっていることがある。リンフを目の前にしているのに、ヴェルデはリンフを見上げることを全くしないのだ。先程から、顔を真っ直ぐに正面へ向けたまま──リンフの胴体へ向けたままで話している。
不意に、ヴェルデが、す、と両腕を広げながら伸ばしてきた。
「少し、屈んでもらえるかな?」
そう言うので、リンフは言われるままに床に膝をついて屈んだ。そこでようやっと、お互いの頭の位置が同じ高さになる。
「ふふ、ありがとう。……少し気を悪くするかも知れないが、このまま君の顔を触らせてくれるかい? この盲いた目では君の顔を見ることが出来ないものでね」
笑みを湛えたままでヴェルデはそう言った。
「え……あ……」
盲いた、と言う言葉に驚きながらリンフはヴェルデが見上げることをしないことに納得がいった。
ヴェルデは──目が見えないのである。
だから。
リンフの顔を見ようとしなかった──見上げようとしなかった。
見えないから──そんなことをする必要が無かったのである。
リンフはヴェルデの手を取り己の顔へと誘導しようとしたが、その手に触れる前に、自分が濡れていることを思い出し、とどまった。
「すみません、今、俺、濡れてるんで乾かしてからでも……」
「おや、気付いていないのかい? 君はもう濡れてはいないはずだよ」
ヴェルデにそう言われてリンフは己の状態に気付いた。
乾いている。
髪も着ている服も、手に持っている作務衣の上着も全部。
代わりに、頭から被っているタオルが重くなっていた。
「そのタオルには私の『魔法』が掛けてあってね。計画の中でフジノが君を湖に落とすというものだから用意しておいたんだよ」
にっこりと微笑むヴェルデ。
「この感じからするともうそのタオルは必要ないかな。ネーロ、下げてくれるかい?」
リンフの後ろで控えていたネーロは、わかった、と短く応えてからリンフの横に来て、静かにそのタオルをリンフから引き上げた。
「さ、これで大丈夫だろう? 触れてもいいかい?」
改めてヴェルデが言う。
リンフは居住まいを正してから、ヴェルデの手に己の手を添え、顔に導いた。そうした後リンフの手が離れると、ヴェルデはゆっくりとリンフの顔を撫で始める。
「ふふ、いい顔つきをしているね」
その手付きはとても優しく、気を悪くするどころかとても心地良く、撫でられている内にリンフにあった緊張は解されていった。
「……ふむ。リンフ君。君、何か武道でもしているのかい?」
頸と肩の間を何度かなぞり、ヴェルデが質問する。
「カンザキさんに……体術と剣技を少し教えてもらっています」
リンフがそう答えるとヴェルデは納得したように頷いた。
「そうか、なるほど……。……うん……うん。ごめんね、ありがとう」
言って、ヴェルデはリンフに触れていた手を退いて、座っている椅子の肘掛けに置いた。
「──さて。そろそろ来てもらおうかな」
これ以上の『待て』は可哀想だしね──とヴェルデが笑う。
「お弟子ちゃん。外したブレスレット、着け直しましょぉ」
いつのまに寄ってきていたのか、リンフのすぐ傍でフジノが言った。そんなフジノに驚きつつも、リンフは作務衣のポケットからブレスレットを取り出した。
「どれ、私が着けてあげよう」
ヴェルデがリンフに向けて左手を伸ばしてくる。
一瞬、戸惑ったものの、リンフはヴェルデの手を取りその手にブレスレットを乗せた。ブレスレットを受け取ったヴェルデに「腕を」と催促されたので、リンフはヴェルデの手に乗るブレスレットに重ねるように己の腕を乗せた。ヴェルデはリンフの腕に常に触れつつ指先で器用にもブレスレットを結び終える。
「少し離れた方がいいかな」
ヴェルデがそう言うので、リンフは二、三歩ほど離れた。
と、同時に。
魔法陣が現れ──そこから、カンザキが現れた。
いつぞやの時と同じように。
赤いヒールのトップが木の床を鳴らす。
カンザキはこの場を一つ見渡してから、腰に腕をやった。
そうして開口一番。
「…………何がしてぇのか──教えてくれるか」
その声は、ある程度のことは察しているような、落ち着いたものだった。
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