少年の役割
楽しんで頂けましたら嬉しいです。
二日後。
リンフは外で薬草畑に水まきをしていた。
ただ、これはリンフの日常の日課であって、フジノが言っていた「やってほしい役」とは全く関係は無い。
……否。
あるには……ある。
カンザキに仕返しを、と意気込んだフジノは、リンフにこう言ったのだった。
『んふふ、私にね、ちょっとした計画があるのよぉ。それでねぇ、お弟子ちゃんにはカンザキを呼ぶための囮になってほしいのぉ』
と。
囮──おとり。
いわゆる、引きつけ役なのだと理解したリンフだったが、フジノはその囮役としてのやるべき詳細を説明せずに、ただ、二日後に外へ出ていて欲しい、とリンフにお願いしただけだった。
なので、こうして外に出て水まきをしている訳なのだが──これでいいのだろうかとリンフは不安になる。
加えて。
話の最後にフジノが言った言葉も気になっている。
『あと、何が起きても驚かないでねぇ』
なんだか悪戯っぽく笑って言っていたが、一体何が起こるというのだろうか。
リンフは如雨露をドラム缶の中に放ると、何気なく空を仰いだ。雨を降らせる気のない白い雲が青色を背景にゆっくりと流れていく。
しばらくそうして空を見ていると、その視界を大きな鳥が一羽、横切っていった。この辺りでは見たことの無い鳥だったので、どこから来たのだろうか、と思いながらもそれを見送り、水やりを終えた薬草畑へ、今度は土の手入れをしようと向かったところで──背後に迫る大きな気配を感じた。即座に振り返るが──それが何かと認める前に胴体を横から掴まえられ、足が地から浮いていた。
「…………っ!」
みるみるうちに家が遠のいていく。
リンフは己を掴んでいるものを見上げた。
「鳥……?」
視界を埋める黒い翼。
太陽に黒く艶めく嘴。
その身体を覆う羽毛が風に靡いている。
リンフを掴んで飛んでいるのは、大きな黒い鳥だった。
「お弟子ちゃーん!」
そう呼ぶ声と共に鳥の背から顔を出したのはフジノだった。
「フジノさん!」
見知った顔にリンフは安堵する。
「早速で悪いけれどぉーっ、腕のそれぇ、外してぇー」
そう言ってフジノは手首を示した。
リンフの手首にはカンザキの髪で作られたブレスレットがある。フジノはそれを外して欲しいようだ。
リンフは戸惑った。
このブレスレットがどういうものなのかをフジノは分かっているはずだが。
「早くしないとカンザキが来ちゃうわぁー! カンザキには目的地に来て欲しいのよぉ!」
フジノが言うのに、リンフはその意図を察して、己の腕にあるブレスレットを外す。外したそれは、落とさないように着ている作務衣のポケットにしっかりと入れた。フジノは外し終えるのを見て取って、
「このまま目的地に行くからぁー、ちょっと我慢してねぇー!」
と、そう言ってフジノは再び鳥に隠れてしまった。
すると。
前方に大きな魔法陣が現れ──鳥はそのまま魔法陣に突っ込んでいく。
そうして突き抜けた先は──遠くに大きな湖が見える、緑に包まれた土地だった。その緑もよく見ると、リンフたちの住処の周りにある木々とは、違う種類の木々が生い茂っている。その木々の上をゆっくりと飛行しながら、湖に近づいていく。段々と景色の詳細が明瞭になり、湖の畔に小さな山小屋が見えた。鳥が、そちらを目指すように高度を下げつつあるのに気付いて、リンフはその山小屋が目的地なのだと察した。
リンフの足下の景色が、緑の木々から、光を湛える青い湖面に変わる。
視覚的にまるで湖面を滑っているような感覚に陥りながらリンフはそれを眺めた。
しばらくそうしていると、不意に低い男の声が聞こえた。
「──少年。悪いが、ここで先に降ろすぞ」
え、とリンフが疑問を訴える声を出す前に、掴まえられていた胴体が自由になる。が、今度は重力引力に掴まり、リンフは湖に落ちた。足から落ち、足先から頭の天辺まで沈んだのだが、水底に足はつかなかった。リンフは泳いで浮上すると水面から顔を出し、一度、顔を手で拭ってから周囲に視線を巡らせた。すると、そこは目指していた山小屋の目の前で、ちょうど黒い鳥がその傍でゆっくりと地に足を着けたところだった。
リンフはそちらに向かって泳ぎ、陸に上がった。
「ごめんねぇ、お弟子ちゃん。手荒くしちゃってぇ」
フジノが駆け寄ってきて第一声で謝ってきた。
「いえ……大丈夫です……」
リンフは水を吸って重くなった作務衣の上を脱ぎながら小さく苦笑いをした。
「フジノさんって意外と結構、思考が“やんちゃ”なんですね」
「あ、それ、カンザキにも言われたわぁ。んもぉ、師弟揃って同じこと言うなんてぇ……私ってそんなに言うほどやんちゃかしらぁ?」
「充分そうだと思います」
「やぁだ、お弟子ちゃんってば、遠慮無しぃ」
そんなやりとりをして二人で笑っていると、いきなり上からタオルが降ってきた。タオルはリンフの身体をすっぽりと覆うほど大きい。
「!」
驚いて振り返ると、リンフよりも上背のあるベストスーツ姿の男が立っていた。黒い長髪を後ろで括っているのが印象的だ。
「羽織れ。風邪を引く」
その声にハッとするリンフ。
湖に落ちる──落とされる直前に聞いた声である。
「中で主が待っている」
男はそう言うと、率先するように山小屋に向かって歩き始めた。
「うふふ、行きましょぉ」
そう言ってリンフを促しながら、自らも一歩先に歩き出すフジノ。
リンフはタオルを羽織り直しながら、フジノの後に続いた。
読んでくださってありがとうございます。




