魔女の苦慮
楽しんで頂けましたら幸いです。
カンザキがあのように厳しく言い置き、あのように厳しい条件を突きつけたのには理由がある。
一つ、『喚起』よる『魔力』の発現には副作用があること。
一つ、その『魔力』が周囲に影響を与えることがあること。
一つ、『魔力』によって心の負に引かれることがあること。
この三つの懸念がある故に、カンザキはあの条件を出さざるを得なかった。
リンフがここで暮らしたいと望んでいることを質に取って。
「卑怯、だよなぁ」
住処のビルの天辺。
この高さであれば地上に声は──ましてや独り言など届かないことをいいことに、カンザキは己に向けて自嘲するように言葉を落とした。
出来ればリンフには『魔力』や『魔法』に関することを知られたくは無かった。知らないままに、生まれ持った天寿を全うして欲しかった。
だがしかし、リンフは──知ってしまった。
人が──『魔力』を使えるようになる方法を。
「悩みきった先で、諦めてくれねぇかな……」
カンザキは、そう吐露する。
心中では、このまま悩み続けてくれてもいい、とさえ思っていた。
それほどまでに、この『喚起』というものがもたらす懸念は強く重いものなのだ。
その懸念を詳らかにすると。
まず、『喚起』による『魔力』の発現とその副作用。
この副作用というのが──肉体的寿命が左右される、という現象だ。
フジノたちのように長く生きる場合もあれば──……そうでない場合もある。
『魔力』が発現してもその先は──どうなるか分からない。
次に、『魔力』が発現した後だが──ここからの道のりが辛い。
これは『自発』・『喚起』と問わず辛いのだが。
発現した『魔力』を上手く扱えるようになるまで──『魔法』として形にするまでが長いのだ。頭で学び、身体で学び、精神で学ばなくてはならない。カンザキも、師に導いてもらっていなければ、無駄に『魔力』をまき散らし、周囲に多大な害を与えていただろう。
そして。
これは──カンザキが経験上、最も恐れている懸念なのだが──
『魔力』を以て『魔法』を使えるようになると、己の心にある負に引かれて──惹かれて──壊れてしまうことだ。
肉体的にも──精神的にも。
物理的にも──心理的にも。
潰れて──壊れる。
実際。
肉体的に物理的に──潰れて壊れた者を。
カンザキは目の当たりにしたことがあるのだ──数百年前に。
数百年前に──此処で。
「──…………」
気分が落ちたところで──不意に、風が強く吹く。
カンザキはその強さに思わず顔を顰める。
風は一瞬で去って行った。
「──っは、地球に慰められるとはな……」
己に向けて鼻笑いをしてから、カンザキは空を仰いだ。
あれから。
あれから──約一週間と経つが、カンザキはまだリンフからハッキリとした答えを、その意志決定をまだ聞いていなかった。
「あいつ……悩みすぎて知恵熱が出る前に決め切れりゃーいいけどな」
そんな他人事のような独り言を最後に、カンザキはビルを支える大樹の太い幹に背中を預けると、持っていた本を開いて読書を始めた。
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暫くして。
森の中にフジノの気配が現れたので、出迎えに行った。
「あらぁ? お弟子ちゃんはぁ?」
カンザキが一人で来たのを見て、フジノがやや残念そうな声で言う。
「あいつなら家にいる」
「そうなのぉ? 珍しいわねぇ」
「ん? 珍しいか?」
「そうよぉ、いつも二人で出迎えてくれるじゃないのぉ」
そんなやりとりをしながら、カンザキはフジノから買い物籠を受け取った。カンザキがありがとう、と言うと、フジノはどういたしまして、と受け応じた。
「……何かあったのぉ?」
フジノが何かを察したらしく、そうカンザキに訊いてきた。
しかし、話すとなると『喚起』云々のことだけではなく、その発端となった白衣の男のことから何から話さなくてはならない。
ので。
「いや、別に何もねぇけど」
とカンザキは言って答えた。
の、だが。
「嘘おっしゃいよぉっ」
と即座に怒られた。
「何年アナタたちを見てきてると思ってるのよぉ。あまり私を侮らないで欲しいわぁ」
腰に手を当ててフジノは、まるで手の掛かる子供を見るような眼でカンザキを見た。
これは話すしかなさそうだ──と判断し、どうにか白衣の男たちのことは伏せながら、現状に至る経緯を話した。
話の体裁としては──リンフが『魔法』に興味を持ったので色々教えていたらうっかり『喚起』のことを口にしてしまった、ということにして。
「ふぅん……それじゃあ、お弟子ちゃんはカンザキから距離を取るくらい、ただいま絶賛悩み中なのねぇ」
話を聞き終えると、フジノは心配そうな表情で頬に指を添えた。しかし、何か思い立ったようで、すぐにその指は頬を離れた。
「ねぇ、カンザキ。アナタもしかしてぇ、お弟子ちゃんが『魔法』を使うことぉ、あまりよくは思ってない感じなのぉ?」
そう言い当てられて、カンザキは苦笑いをした。
「……本当に侮れねーな」
カンザキは腕に買い物籠を提げたままで後頭部をガリガリと搔いた。纏められていない髪が更に乱れる。
「怖ぇんだ……色々とな。それに、これ以上、アイツの人生を変えるようなことはしたくねぇ」
「そんなのぉ、今更じゃなぁい? カンザキに拾われた時点でお弟子ちゃんの人生、思いっきり変わってると思うのだけれどぉ」
「いや、こればっかりはケタが違うからな。易々と、してしまえるものじゃねぇ」
「ケタが違うって……どういうことぉ? 『喚起』をすれば『魔法』が使える、ってそれだけじゃないのぉ?」
フジノの疑問に、カンザキは首を振って否定してから、『喚起』の副作用と『魔力』がもたらす懸念について話した。その内容に、フジノは目を丸くする。
「肉体的寿命って……私とヴァイスみたいに長く生きるってことぉ?」
「フジノとヴァイスは成功例だろうな。他に『喚起』を受けた被験者の中には──そうならなかった者もいた」
「そうならなかった者って……」
言葉の途中でフジノはカンザキの言葉の意味に気付いたようだ。
「短く……なった人もいたの……?」
カンザキは小さく頷いてそれを肯定した。
「そんな……」
「研究データを見たから確かだ。『魔力』……『魔法』に翻弄されるんじゃないかっていう懸念に関してはデータだけじゃなく──実際、目の前で見たことがあるからな」
言いながらその光景を思い出しそうになって、カンザキは目を伏せた。
「も……もしも、のことだけれど」
語尾のクセを忘れたフジノがそろりと訊く。
「お弟子ちゃんが此処を出て行く選択をしたら、アナタ……どうするの?」
心配そうな顔のフジノ。
「そうなぁ……。野放しにゃ出来ねぇから、師匠の所にでもやるかな。そんで──二度と此処には来させねぇ」
アタシの処には──絶対来させねぇ。
カンザキは厳しくそう言い放った。
「それって……縁を切るってこと……?」
「そういうことになるな」
「なんでそこまで」
「アイツの都合で『喚起』をするんだとしたら、アタシの都合でそうしてもいいだろ」
「それにしたって」
「っ、アタシは二度も大切なやつを目の前で失いたくねぇんだよ!」
声を荒げて言ってしまってから、ハッと我に返る。
視線を上げると驚いた表情で固まるフジノがいた。
「……悪ぃ。ちょっと気が立っちまった」
「あ……ううん……大、丈夫……」
そう答えたものの、フジノの声に僅かな震えがあったのをカンザキは聞き逃さなかった。
「……買い物、ありがとうな」
カンザキは静かに言って、フジノに背を向けた。
これ以上は、何を話しても居心地が悪くなるだけだ。
フジノもそれを察したようで、立ち去るカンザキに何も言葉を掛けなかった。
読んでくださってありがとうございます。




