少年の煩悶
楽しんで頂けましたら幸いです。
家に帰り着くと、留守番をしていたクロ(犬姿)が、待ちわびていたようにぴぃぴぃと鳴きながら二人にじゃれついてきた。リンフは持っていた太刀を玄関先に立て掛けてから、宥めるようにクロを撫で回す。一頻り撫で回すと、クロの興奮は徐々に落ち着いていった。
「リンフ」
そのタイミングを見計らっていたのか、カンザキに呼ばれた。そちらを見ると、目で座るように促されたので、リンフはクロから離れてキッチンテーブルについた。カンザキもその対面に座る。
「……『喚起』についてだったな」
カンザキは羽織を肩から降ろすと、それを椅子の背もたれに掛けながら話し出した。
「『喚起』ってのは、人の中にある『魔力』を喚び起こすことだ」
掛けた羽織を整えるとカンザキはリンフに向き直り、話を続けた。
「──人は生まれたときより『魔力』を秘めていて、それが発現しているかしていないか、するかしないかで『人』と『魔女』……あるいは『魔法使い』に分けられる。その『魔力』の発現を強制的に行い、『人』を強制的にこちら側にする……それが『喚起』だ」
手短に、一気に説明してカンザキはリンフを見た。
それから一呼吸置いて、言葉を追加する。
「……因みに、アタシはお前にこの『喚起』をする気は無い」
そういって、カンザキは真っ直ぐにリンフを見た。
まるで、これは決めていたことだからな、と言わんばかりの眼だった。
リンフは膝の上で両手の拳を握りしめる。
「……なんで」
「なんでも、だ」
「……どうして」
「どうしても、だ」
理不尽にも思えるカンザキの頑なな『否』の意志にリンフはカンザキを睨む。
「お前に本気で睨まれたの、初めてだな」
カンザキはふと小さく表情を緩めた。
しかし直ぐにその表情は締められる。
「どんな理由を持ってこようとアタシはお前に『喚起』はしないと決めている。だが、そんなに『喚起』が気になるなら……『魔力』を使いたいなら──条件がある」
言って、カンザキは厳しい表情でリンフを見た。
「この家から出て行くこと」
それが条件だ──とカンザキは言った。
「は……?」
今度はリンフが目を丸くする番だった。
カンザキが出してきた理不尽とも思える条件。
驚きにじわじわと怒りが混じる。
「なんでだよ……なんでそうなるんだよ!」
「アタシがそう決めたからだ」
表情を変えずに言ってのけるカンザキ。
「横暴すぎるだろ……っ、そんな条件……!」
「出来ねぇなら諦めろ」
カンザキは厳しく言って席を立ち、自室へと去って行った。
キッチンテーブルには、承服しかねる表情のリンフと、それを心配そうに見つめるクロの二者が残された。
「…………っ」
あまりの悩ましさにリンフの口から懊悩の息が漏れ落ちる。
これでは。
これでは──本末転倒だ。
カンザキを守るために使いたい『魔法(魔力)』であるのに、その『魔法(魔力)』を使うためにはこの家から……カンザキの元から出て行かなくてはならないとは。
リンフはそれから晩御飯の時間になるまで、煩悶し続けた。
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