少年の高揚
楽しんで頂けましたら幸いです。
少女が衝突した勢いは相当で──フード姿は少女と共に吹っ飛んで近くの樹木に叩き付けられた。その衝撃で木の葉が舞い落ちる。
リンフは少女が飛んできた方向にいるはずの──カンザキを見た。しかし、カンザキはそこには居らず、ふと、近くに気配を感じて見れば──リンフの頭上にある木の枝から降り立つところだった。リンフの前に立ったカンザキの、臙脂色の羽織が翻る。
「ウチの者に何か用か?」
いつもより低い声でカンザキが白衣の男に向かって言う。その声に不機嫌と警戒が混ざっているのが分かった。
「──少年。君が魔法を使わないのはどうしてだ?」
白衣の男は質問を無視してカンザキ越しにリンフを見据えて、そう問うてきた。
その言い方に、リンフは疑問符を漏らす。
まるで、リンフが魔法を使えること、それを前提とした質問だった。
「……ふむ、その様子からすると魔法は教えてもらっていないようだな──あぁ、いや」
言いながら白衣の男は何かに気付いたように言葉を止めた。
それから、カンザキへ視線を移して、続けた。
「教えてもらっていないどころか──『喚起』すらされていないのか」
そう言う白衣の男の声は落胆するようなものではなく──何故か好奇心が芽生えたような上向きな声だった。
「資料にはそんなことは記載されてなかったが……くくっ──興味深い」
白衣の男は何かを企むような卑しさで笑った。
そんな白衣の男に眉を顰めながら、リンフは『喚起』という単語について考えた。
『喚起』の意味は文字通り──喚び起こす、だ。
喚びかけて静かな状態にあるものを起こすこと──を意味する。
この単語をここで使うにはある前提が必要だ。
静かな状態にあるもの──その存在があるということだ──リンフ自身に。
そこから導き出されるのは──リンフ自身が魔力をその身に秘めている、ということ。
で、あるならば。
リンフも魔法を使える可能性があるということだ──そのことに気付いて、ぶわり、と鳥肌が立つほど興奮した。
己自身にもそういう力はあったのだと──あるのだと。
知ってしまって──欲が出てきた。
今まで、己はカンザキに守られる側だった。
けれども。
魔力を──魔法を使えるなら──己が守る側になれる。
カンザキを、守れる。
リンフは、気持ちの高ぶりに身体が震えるのを感じた。
そして、堪えきれずに口を開いた。
「……『喚起』ってなんだ」
白衣の男を見据えて、リンフは問う。
カンザキがリンフを振り返り見た。その顔には驚きと焦りがあった。
「くくっ、なるほど、それについては全く教えてないのか──くくくっ」
おかしそうに笑った白衣の男は、次に笑いの種類を変えた。
今度は意地の悪そうな笑みだった。
「それはカンザキ当人に教えてもらいたまえよ──何せ、『喚起』が出来るのはカンザキだけなのでね」
その顔に浮かべている笑みの通りに意地の悪いことを言った白衣の男に、カンザキが睨んで、ちっ、と舌打ちをする。
「さて──それでは我々は帰るとしようか」
切り替えるように言って白衣の男はこちらから視線を外した。視線の向けられた先では、フード姿がぐったりとした少女を肩に担いでこちらに戻ってくるところだった。白衣の男は合流するのを待たず、こちらに背を向けると先に歩き出し、その後ろを少女を担いだフード姿が黙ってついていく。彼らは遠のき、やがて木々に霞むように去って行った。
彼らの姿が見えなくなったところでリンフはカンザキを見た。
「……カンザキさん」
その後ろ姿に声を掛ける。
しかしカンザキはリンフを振り返らなかった。
代わりに、溜息を一つ吐くと。
「──知りたいか?」
と、短く静かに問うてきた。
無論、白衣の男が言った『喚起』のことだ。
「知りたい」
リンフは素直にそう答えた。
知りたい、の先にある、“魔法を使いたい”という意を込めて。
「……そうか」
いつになく静かな声でそう言うと、カンザキは首だけで振り返り、リンフを見た。
「とりあえず……家に戻るか」
言って、カンザキは歩き出す。
リンフは黙ってその後に続いた。
それから家に着くまで二人は、ずっと無言だった。
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