魔女の洞察
戦闘描写を頑張って書いたのですが……伝わりましたら報われます……
追伸:楽しんで頂けましたら幸いです……
魔力を持っていない。
これでは、白衣の男が言う『魔女研究』にとっては本末転倒の事実であるはず。
まさかそのことに気付いてないとは言うまい──というか、それは絶対にないだろう。
『フェーレン』
少女に付けられたこの名前。
確かその意味は──『欠けている』、あるいは、『足りない』であったはず。
白衣の男は、このフェーレンが魔法を使えないことを知っている。
そうでなければこんな名前など付けるはずが無い。
カンザキは改めてフェーレンを見る。
カンザキと同じ身体を持ちながら──魔力を持てなかった少女。
それは最早──ただの少女だ。
ただの──人間である。
カンザキはフェーレンと攻防を続けながら、ちらりと白衣の男へ目をやった。
白衣の男は何故か不機嫌そうにしながらも、興味深げにこちらの様子を見ている。
『魔女研究』によって生み出されたカンザキの複製少女──フェーレン。
しかし、フェーレンはその身に魔力を持たないただの──人間の少女だ。
そんなフェーレンを、彼はなぜ、手元に置いているのだろうか。
魔力を持っていないのだから『魔女研究』の検体にはならないはず。
何か、魔力以外に興味を引くものをフェーレンは持っているのだろうか。
と。
よそ見をしていた所為で、カンザキは対応を間違えた。
カンザキの右脇腹を狙って繰り出された蹴り。
受けてからその足を掴んで投げ飛ばすはずが──その攻撃が予想よりも速かったものだから反射的に──受けて掴んで固定したその足に膝頭目がけて踵落としをしてしまった。小気味よい音がカンザキの耳に届く。
フェーレンが声にならない叫びを上げて地面に倒れ込む。しかしその後は、のたうち回るどころか一切の悲鳴を上げず漏らさず、痛みに堪えるようにその小さな手で地面に爪を立て引っ掻いた。
「────っ! …………っ、……っ!」
幼い身体で声を押し殺して痛みに耐えるフェーレン。
カンザキはそんなフェーレンを尻目に、白衣の男を見た。
白衣の男は先程とはうって変わって何故か、待ってました、と言わんばかりに目を輝かせてこちらを見ていた。
カンザキは怪訝に思って眉根を寄せた。
なにかこちらに白衣の男の興味を引くようなことがあったのだろうか、と。
フェーレンに目を戻す。だが、フェーレンは地面に倒れ伏せたままだ。
怪訝の相を深めるカンザキ。
一体、何があるというのだろう。
少し警戒して、カンザキはフェーレンから二歩分ほど距離を取った。
暫くして、フェーレンの様子が変わった。それまで痛みに打ち震えていたのが徐々になくなり、うつ伏せだった状態から腕をついてゆっくりと体を起こして──両足で立ち上がった。
その一連の様子に、カンザキは驚いたものの、フェーレンを見定めるように目を細め、なるほどな、と心中で呟いた。
自己治癒力。
あるいは。
自然治癒力。
これ自体はどんな生き物にも備わっている力だが、フェーレンはその自己治癒力がずば抜けて──どころか異常に──高いようだ。
これを見てカンザキは、白衣の男がフェーレンを手元に置いている理由が分かった。
白衣の男のフェーレンに対する興味。
それがこの──異常なまでに高い自己治癒力。
白衣の男にとって、この異常な自己治癒力を持つフェーレンは充分に興味の対象になるのだろう。
魔女から派生した亜種。
そう考えているに違いない。
そう考えているからこそ、立派な検体としてフェーレンを手元に置いているに違いない。
先程、カンザキはこの異質な訪問者たちを、フェーレンを少女兵として実戦の経験を積ませるため──カンザキに会いに(ちょっかいを出しに)来た、と推測したが、これはハズレだ。
正しくは。
実験にカンザキを利用しに来たのだ──フェーレンをカンザキと戦わせて傷を負わせ、その回復力を……治癒力を、観察するために。
白衣の男が不機嫌だったのはカンザキが中々に強く反撃しなかったことが──フェーレンに怪我や傷を負わせなかったことが──気に入らなかったからのようだ。
「…………ちっ」
カンザキは軽く苛ついて舌打ちをする。
そう考えると、よそ見をしていて反射的にとはいえ──フェーレンに怪我を負わせたことが白衣の男の思惑通りに動いてしまったようで腹が立つ。
視界の端でフェーレンが動くのを捉えたので目を戻すと、立ち上がったばかりであるのに──膝蓋骨やその周囲の骨の損傷が治ったばかりであるのに──呼吸を乱しながらも臨戦態勢に入ろうとしていた。
それを見てカンザキは、一体どんな訓練を受けたんだ、と心中で驚嘆した。
大怪我を負っても泣かず叫ばず。
その大怪我が回復すれば即臨戦態勢。
生半可な訓練ではこうはならないだろう。
ふと、カンザキは白衣の男が言っていたことを思い出した。
『今度は精神を考慮した上で我々が──』
考慮。
考慮──か。
白衣の男が言ったそれは──何があっても何をされても一切と乱すことの無いようにする、という意味のようだ。
つまり。
フェーレンはそのように教育──訓練してある、という訳だ。
如何なることをされても精神を乱すことが無いように。
如何なることが起きても精神を乱すことが無いように。
その瞳に年相応の澄んだ輝きを映さないのは、厳しい訓練によって、年相応の感情の起伏を失ったからであろうか。
カンザキがそうして見ていると、フェーレンが動いた。
今度は左脇腹を狙って繰り出される蹴り。カンザキはそれを左足で受け止めると、そのまま、蹴り込まれた足を押し返すように振り抜いた。バランスを崩したフェーレンは倒れそうになりながらも、後方へ倒立し回転するように跳んで、カンザキと距離を取る形で体勢を持ち直し、そこから再び攻撃をしかけてくる。カンザキはフェーレンが繰り出す拳を避け、その腕を掴んだ。すると、フェーレンは身体を回転させてカンザキの懐に入り、カンザキの腹部めがけて蹴りを出す。カンザキはそれを右に避けて躱した。そこでカンザキとフェーレンは目が合った。
感情を映さないフェーレンの瞳。
研究の目的だけを刷り込まれた瞳。
自我は疾くの昔に擂り潰されたのか。
瞬間的にカンザキが洞察できたのはそこまでだった。
フェーレンがカンザキを振り切るように上半身を捻り、空いている右手で己の左腕を掴んでいるカンザキの手を薙ぎ払ったからだ。
そこから再び攻防の応酬。
フェーレンが突き出してきた貫き手を右足の膝で蹴り上げて防ぎ、そのまま足を伸ばす形でヒールの爪先をフェーレンの肘に打ち込む。フェーレンはよろけて二、三歩下がるも、すぐに体勢を整えて向かってくる。その体勢からカンザキは下段蹴りが来るものと思っていたが、フェーレンは直前で身を屈ませて足払いを狙ってきた。カンザキはこれを真上に跳んで避けたが、足払いを繰り出した動きからそのまま地面を蹴ったフェーレンが跳んできたので慌てて右腕で防御する。意外にもその衝撃は強く、カンザキはフェーレンの身体に弾かれて飛ばされ、少し離れた木の幹に打ちつけられた。ぐっ、という短い呻きがカンザキの喉から漏れる。
「……っ、ごほっ……なかなかだな」
木の幹から身体を起こしながらカンザキは呟く。
服を軽く叩きながらながらフェーレンを見ると、疲弊してきているのか、少し息が荒くなっていた。
フェーレンのこの様子に、白衣の男はどうするのだろうか、とカンザキは黙ってそちらを見たが、彼らの様子を見て目を見開いた。
白衣の男どころではない。
そこでは何故か、抜刀したリンフと“人では無い何か”が戦っていた。
「リンフ!」
叫んでリンフの元へ行こうとするカンザキの前にフェーレンが立ち入ってきた。
カンザキは瞬時にこちらとあちらの距離を目測する。
そして。
「遊びは終わりだ」
そう言って、リンフと戦っている“人では無い何か”を狙って──フェーレンを蹴り飛ばした。
御一読、ありがとうございました。