魔女の記憶
楽しんで頂けましたら幸いです。
生き写し。
この言葉の使い方としては、血縁者に使うのが適切だ。両親や祖母祖父、親戚筋の中で区別が付かないほど顔形がよく似ていることを言うのだが──カンザキは。
ある意味その言葉が正しく──己の脳内で想起されたことに苦笑した。
直感というのは中々と侮れない。
この直感はカンザキが魔女だからというわけでも無いだろう。
白衣の男はその態度からしてカンザキのことをよく知っているように見えることから。
憶測。
当て推量、でしかないが。
カンザキは目の前にある情報と己の過去の中にある情報とでそれを口にした。
「アタシの──複製か」
「流石、ご明察」
カンザキが言うのを聞いて、白衣の男はにやりと笑った。
「悪い趣味だな」
「趣味じゃあない。これも仕事の一環なのだよ」
「幼女を作ることが、か?」
カンザキが嘲るように言うと、白衣の男は意に介した様子も無く「違う、違う」と首を振って否定し、逆にカンザキを嘲るような眼で見返した。
「魔女を作ることが、だよ」
その事を自負するように白衣の男は言う。
カンザキは表情を厳しいものに歪めた。
「魔女を作る、だと?」
白衣の男を睨むカンザキ。
「くく、あぁ、そうだ」
カンザキの反応を楽しんでいるかのように笑う白衣の男。
「かつての……数百年前の先人たちは失敗したのでね。今度は精神も考慮した上で我々が──『魔女研究』を進めていくのだ」
白衣の男が言った台詞に、カンザキは驚いて一瞬、呼吸をするのを忘れた。
今。この男は今何と言ったのだろうか。
カンザキの聞き間違いで無ければ『魔女研究』と聞こえたのだが。
──『魔女研究』。
カンザキの脳裏に数百年前のことが思い起こされる。
──数百年前。
魔女の条件に当て嵌まる者たちが集められ、研究という大義名分の元でその存在が──その身体や精神や生命が──実験に費やされた計画。
──白衣。
──白い壁。
──白い部屋。
──薬品の匂い。
呼び起こされた記憶が呼び水になり、否が応でも更なる記憶がよみがえる。
検査着を着た女子──と──白い部屋の中で一緒──に──同じ時間と空間を過ごし──て──仲良く──なって──親友と呼び合い──けれど──二人は離れ離れにされ──て──次に見た親友の姿──は──
傷 と 血 に 塗 れ て 吊 さ れ ──
「────っ!」
湧き上がってくる沸き立つ感情に身を任せてしまいそうになりカンザキは、腕を失って通すものがない左袖の上からその傷口を押さえて──噴き出しそうな感情を抑えた。
抑えろ。
抑えろ。
抑えろ。
抑えろ。
抑えろ。
抑えろ。
抑──
「カンザキさん?」
呼ばれて、ハッと我に返る。
間近に、心配そうなリンフの顔があった。
リンフの顔を認めると同時に、肝が冷えるような感覚に連動して噴き出しそうだった感情と暴走しそうだった魔力が身体の中芯へと収縮していった。
「カンザキさん?」
再びリンフが名前を呼ぶ。
カンザキは深い呼吸を一つしてから、リンフを見た。
「なんでもない。…………前言撤回だ。お前が付いて来てくれて助かった」
そう言って右手で作った拳の甲をリンフの胸に軽くぶつける。
気を──気持ちを取り直して──白衣の男に向き直る。
「……一体、何の為にそんな研究をする」
数百年前に行われていた『魔女研究』は、増えすぎた地球人口によって不足してきた資源を補うためのいわばエネルギー開発の一環だった。しかし、あの一件で人口は三分の一にまで減ったのだ──現状、資源不足ではないはずである。
「さぁて、何の為だと思うかね?」
疑問を質問で返して白衣の男は──再び少女の名前を呼んだ。
「フェーレン、お母さんに遊んでもらいなさい」
「はい、博士」
少女──フェーレンは白衣の男に返事をすると、カンザキに向かって飛びかかってきた。
「!」
飛びかかってきた少女、フェーレンが構えた拳を──カンザキは、小さく静かな足運びで避けた。握られた拳は空振りに終わる。が、フェーレンはそこで踏みとどまり、その矯めを利用して身をひねり、再びカンザキに拳を振るう。カンザキはこれをバックステップで躱した。
──こいつ。
カンザキは続けて次々と繰り出される拳を躱しながら、フェーレンを検分する。
その動き、そして拳の早さから、何かしら訓練を受けているようだ──人の動きを分かっている。
そして、暫くもするとフェーレンは攻撃の手数……否、足数を増やしてきた。拳に加えて蹴りも繰り出してくるようになり、カンザキがそれを受け流すと、僅かにフェーレンのバランスが崩れた。
訓練は受けているようだが、それにしては。
何か、どことなく不慣れな印象を受ける。
カンザキは少し反撃をしながら、さらに検分する。
体捌きは見事なものだ。避けた後、次の動きで攻にも防にも繋がるようにしている。
攻撃も、その幼い見た目とは違ってやや重い。
防御に至っては完璧に防ぐ。
──のだが。
そこにある違和感が疑問だった。
カンザキは一旦距離を取ろうと思い、フェーレンを一際強く蹴り飛ばした。木々の間を抜けるようにその幼い身体が飛ばされる。飛ばされた先には茂みがあったので、そこに埋まる形でフェーレンの身体は止まった。フェーレンは茂みで、もがくように手足をバタバタとさせる。そうしてもがいてるうちに茂みから転げ落ち、土の上に座り込むような形で着地した。その髪や服に葉っぱが絡んでひっついている。しかしフェーレンは気にした様子も無く、すぐさま立ち上がると拳を構えて突進してきた。
が。
その途中で石を踏んづけて身体のバランスを崩して転び──やや斜め前方に倒れ込む。
「?」
倒れ込んだフェーレンは己が何で転んだのか分からないようで、上半身を起こすとしきりに足下の辺りをきょろきょろと見回した。
その様子を見ていてカンザキは、違和感がどこからくるものなのかを察した。
フィールド。
この少女は──野外慣れしていない。
不慣れな足場に身体が戸惑っているのだ──カンザキが疑問に思っていた違和感は、フェーレンの動きから僅かに滲み出たぎこちなさだったのだ。もしかするとこれまでの動きは、フェーレンにとって思うように動けたとは言えないのかも知れない。しかしそれはそれで──大した実力だといえる。一体、どんな訓練を受けているのだろう。
カンザキがそんな事を考えている間にフェーレンは転んだ原因を探すのを諦めたようで、既に立ち上がって再び戦闘態勢に入っていた。拳を構えて再び突進してくる。その攻撃を受けたり流したりしながら、カンザキは考える。
あの白衣の男は何故この子を連れてきたのだろうか──と。
最初に飛びかかられたときは己の命を取りに来たのかと思ったが、どうやら様子が違うようだ。
カンザキを殺しに来たという感じでは無い。
一体、何をする為にここに来たのだろうか。
現状だけを見ると、カンザキと手合わせをさせに連れてきた、としか思えないのだが。
そこまで考えてカンザキはまさか、と心中でごちた。
そう、なのだろうか。
もしかして──本当に。
本当に──カンザキと手合わせをさせるためにここに連れてきたのだろうか。
彼らの目的は──フェーレンに実戦の経験を積ませること。
そうであるなら──納得がいく。
多分、普段の訓練は室内で行われているのだろう。しかしそれには限界があり──現に。フェーレンは野外慣れしていない様を呈している。その経験不足をここで補おうということか。
この白衣の男。
十二分に──カンザキのことを知っているようだが、その情報はどこから得たのだろうか。
カンザキが武術を習得したのは研究所をあとにしてからだ。
あの、のほほんとした魔女に拾われ、その魔女を師として武術を、戦い方を学んだが──そのことを知っているのはほんの一握りの者だ。それ以外で知っている者は居ないはず。
──ふと。
カンザキの頭に五年前の『魔女狩り』の話と、いつしか増えてきている『遺跡荒し』の存在が思い出された。
まさか、と思ったものの──可能性としては充分にある。
考えられるのは。
白衣の男は『魔女狩り』と『遺跡荒し』を行った者たちから情報提供してもらったか、もしくは、彼らから力ずくでカンザキのことを問い質して聞き出した──か。
あるいは。
その『魔女狩り』や『遺跡荒し』自体が白衣の男が寄越した斥候で、彼らをカンザキの元へ遣り、対峙させて、カンザキの様子を報告させた──とか。
と。
カンザキはあることに気付いた。
この少女──フェーレン。
最初に飛びかかってきてからずっと──拳と足を使った攻撃しかしてこない。
「…………」
もしや。
魔法が使えないのだろうか。
しかし、このフェーレンはカンザキのクローンだ。魔女のクローンが魔法を使えないなんてことがあるのだろうか。
カンザキは疑問に思って、フェーレンの中にある魔力の気配を探ってみた。
フェーレンから発せられる氣に己の氣を同調させる。そこから、ゆっくりと意識をフェーレンの中心部に寄せていく。そこに、眠っている魔力があるはず──なのだが。
だが。
しかし。
フェーレンの中に、魔力というものは──一切と。
存在してはいなかった。
読んで下さいましてありがとうございます。
次回更新は8月12日になります。