異質な訪問者
楽しんで頂けましたら幸いです。
「──ぅん?」
揺り椅子に座り、膝の上に本を広げて読んでいたカンザキは、己が仕掛けている感知魔法に侵入者を検知して、本から目を上げた。その視線を窓の外に向け、侵入者が来るであろう方向を見つめながら感覚を集中させ、その検知の精度を上げる。
侵入者は──三人。
感覚的に三人の内、二人は成人男性と思われるが、残る一人は幼い少女のように思われた。
その三人の取り合わせに怪しさを抱いたカンザキは、膝の上の本を閉じ、眉間に皺を寄せながら揺り椅子へ全体重を預け、三人の侵入者の動向を様子見た。
組み合わせからして遺跡荒らしの類いでは無いだろう。付かず離れず歩いているという様子から少女を……子供を捨てに来たと言うわけでもなさそうである。
というか。
三人が三人とも、その足に迷いの一つも無くこちらへと真っ直ぐに進んでくる。
どうやら侵入者のお目当てはココのようだ。
「…………」
カンザキは揺り椅子から身を起こして立ち上がる。
そうして、揺り椅子の背に掛けてあった羽織を身につけた。
その衣擦れの音が聞こえたのか、リンフがキッチンから振り返る。
「カンザキさん?」
昼食を終えた後の食器を洗っていたリンフがその手を止める。
「少し出てくる。お前は家に居ろ」
そのセリフに、リンフの顔色が変わる。
「俺も行く」
言って、リンフが出る支度をしようと濡れた手をタオルで拭った。
「駄目だ。お前は家に居ろ」
リンフの意向をカンザキは間髪を入れず切り捨てる。
容赦の無かったカンザキの口調に、一瞬、強ばる表情を見せたリンフだが、続けて、何故か悔しそうに顔を歪めてカンザキを見返した。
「……何かヤバいものでも来たのか?」
「…………」
「遺跡荒し……じゃないよな。もしそれだったら俺が付いてくって言っても断らねぇし」
「…………」
「ただ人が迷い込んできただけってことでもないだろ。そうならそうだと言ってくし」
消去法で突き詰めてくるリンフにカンザキは心中で、随分と賢しくなったもんだ、と嘆息しつつ、どうしたものかと悩んだ。
何かヤバいもの、とリンフは称したが、『何か』どころではない。何と言い表したらいいのか分からないが──出来ることなら出来るだけ──会うことも擦れ違うのも避けたいモノ、だとカンザキは感じている。
特に──少女の方。
この少女の気配が何というか……率直に言うと、気持ち悪いのだ。
この気持ちの悪さが何から来るのか分からない不明瞭さが、カンザキの気分を濁している。
そんな得体の知れない侵入者にこれから対応しに行くのだ。
何があるか──何が起こるか分からない。
リンフを連れて行くのは躊躇われる。
「……駄目だ」
低い声で制すようにカンザキは先程と同じ言葉を繰り返した。
「俺も行く」
リンフも譲らない。
その態度にカンザキは眉間に皺を寄せてリンフを睨む。
「このくそガキが。聞き分けが悪ぃぞ」
つい口調が厳しくなってしまった。
が。
「俺はもうガキじゃない!」
リンフが叫んだ。
家が振動したかと思うほどの声量に、カンザキの視界の端で、クロがびっくりしすぎたのか弾けた風船みたいになった。
流石のカンザキもこれには目を見開いて固まった。
静まりかえる空間。
数秒の沈黙の後、口を開いたのはリンフだった。
「……この間」
伏せた顔からリンフが言葉を零す。
「この間……お前ももう子供じゃねぇもんな、って言ってくれたよな……」
言葉を零すリンフを、カンザキは黙って見つめた。
「なのに、こういう時にはそうやってガキ扱いするのかよ……!」
ぎり、とリンフが拳を握りしめるのが分かった。
そんなリンフを見てカンザキは、あぁそうか、とリンフの中にある感情を察した。
カンザキにも覚えのある感情。
守ってもらうばかりで──情けない。
信じてもらえなくて──悔しい。
自分はもう戦えるのに。
もう自分を守れるのに。
情けなくて──悔しい。
「…………」
カンザキは不意に己の師を思い出した。
あの、のほほんとした師も、こんな風に己のことを見ていたのだろうか。
弟子の成長を実感しながらも──どこか、鬼胎を抱いているような気の抜けない心境で。
カンザキは、顔を歪め湧き上がる感情に身を震わせるリンフを見る。
向こうは得体の知れない侵入者。
話と事の運びによっては穏便に済まない可能性がある。
あまり危険なことにリンフを近づけたくはないのだが。
カンザキは暫くリンフを見つめて──あの時から心にある覚悟を、改めて誓い直す。
「──分かった」
カンザキはリンフに向けて静かに口を開いた。
「……行くぞ」
言ってカンザキは、リンフが一瞬、顔を明るくした後すぐさま表情を引き締めて頷くのを見てから、外へ続くドアへ向かった。
覚悟──リンフを守るという、自分自身に課した誓い。
それを、改めて心に、己自身に誓いながら──カンザキは外に続くドアノブに手を掛けた。
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侵入者とは森の中腹で対面した。
お互いの姿を認め合あうと同時に足を止めて──対峙する。
「──おや。魔女が御自ら出迎えてくれるとは」
侵入者の一人──白衣を着た男が笑みを浮かべながら言う。
「……出迎える、にも色々あるけどな」
含むような言い方でカンザキは応じた。
「くく、どんな出迎えがあるというのかな」
「そりゃあ、お前ら次第だろ」
カンザキは三人を見据えた。
侵入者は──怪しさを通り越して異様であった。
白衣の男だけでも充分に怪しいのに加えて、残る二人のノッポとチビはカーキ色のフード付きマントを着けているという怪しさだ。フードの影から覗くのは鼻から下だけなのでハッキリとした顔は見えない。その上このフード付きマントの二人からはそれぞれ違う、異質な気配をカンザキは感じ取っていた。
ノッポの方は──人であるようで、人ではないような気配。
チビの方は──人ではないようで、人であるような気配。
どちらも存在として──どこかはっきりとしない気配だった。
「なるほど、我々次第、か」
白衣の男が不敵な笑みを浮かべて呟く。
「では、礼儀正しく挨拶からしようか──フェーレン」
チビが体を震わせて反応する。
「フードを取りたまえ。お母さんに挨拶だ」
白衣の男が指示するとチビがフード付きマントの襟に手を掛けて留め具を外した。
土埃色のフード付きマントが地面に落ちる。
そこに現れた少女の姿は──カンザキを驚かせるのに充分だった。
「え……? あ……か、カンザキさん……?」
リンフの戸惑いに満ちた声を聞きながら、カンザキは静かにその存在を見つめた。
少しだけ曲のある黒い髪。
何の意志も映さない黒い眼。
魔女を模したような漆黒の服。
そしてその顔は──見覚えのある……あり過ぎる造形だった。
視界の端でリンフが少女とカンザキを──見比べるように──交互に見遣っている。
カンザキは今までに無いほど、その整った眉根に深く皺を刻んだ。
その少女は──幼き日のカンザキ、その生き写しの様な容姿をしていたのである。
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次回更新は8月5日になります。