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隻眼隻腕の魔女と少年  作者: 麻酔
第二章
13/43

少年の縁由

楽しんで頂けましたら幸いです。

「ん」

 家に帰り着くなり、カンザキがリンフに向けて腕を広げた。

「…………何、だよ」

 リンフは怪訝(けげん)な顔でカンザキを見る。

「何って……抱きしめてやろうと思って」

「は?」

 (いぶか)しむ顔を更に深めるリンフ。

「久し振りに怖い思いしただろ? だから安心させてやろうと思って」

 そう言うカンザキに、一体この人は自分のことをいくつだと思ってるのだろうか、とリンフは呆れた眼差しを向けた。

「いいよ……大丈夫だから」

 子供扱いされたことにやや不機嫌になりながらリンフが断ると、カンザキは「そうか」と言って腕を降ろした。

「お前ももう子供じゃねぇもんな」

 と、続けて言ってカンザキは、キッチンの椅子に腰掛けた。

「…………」

 カンザキは何気なく呟いたのかも知れないが、その呟きはリンフにとって嬉しい言葉だった。

 子供じゃない。

 カンザキにそう認識して貰えただけで嬉しい。

 顔が(ゆる)みそうになるのを(こら)えながら、リンフは買ってきたものをバスケットから取り出していった。

 そうして全てのものを収めるところに収め終えたところで。

「そういやお前、なんで襲われたんだ?」

 いつの間にか寄ってきていたクロ(犬姿)の鼻先を指先で(いじ)りながらカンザキが()いてきた。

「それが……急に絡まれてああなったんだけど……俺もよく分からなくって」

 リンフは絡まれた経緯(いきさつ)をカンザキに話した。

 話を聞いたカンザキは。

「五年前?」

 と、眉を顰めてカンザキがその単語に反応した。

「五年前っていやぁ……あれしかねぇな。アタシが蜂の巣にされた件」

 本人はあっさりと言ってのけるが、リンフは当時のことを思い出して顔をしかめた。

 あの時の、血を流したカンザキの姿と……何も出来なかった悔しい思いは、リンフの心に刻まれている。

「そういや、あの時──襲撃者は家から飛び出してきたお前を見ているからな……その髪の色と目の色だ、印象に残りやすかったのかもしれん。加えてアタシが……『魔女』が連れてるヤツ、ってことで覚えてたってとこか。チッ、いらん因縁が残ったもんだ」

 舌打ちをして、じゃれてきたクロの頭を撫でるカンザキ。その表情がじわじわと(けわ)しいものになっていった。

「カンザキさん?」

 リンフが声を掛けると、カンザキはその険しい表情のままで一つ溜息を漏らすと、こちらを見た。

「……お前に話があるんだが」

 急にそう言われてリンフは戸惑った。

「は、話……?」

「あぁ。お前の……これからと、この先についてだ」

 撫でていたクロから離れ、カンザキが居座りを直した。

 カンザキの言葉に、リンフは戸惑いから緊張に変わり顔を強ばらせる。

「──お前も、あと数年もすれば成人する。それで、そうなると大人の仲間入りってことになるわけだが……アタシはその時期でお前はコロニーに戻った方がいいと考えている。……お前はアタシと違って普通の人間だからな。人の中で暮らすのがいいだろうと思っている」

 リンフは黙ったままカンザキが話すのを──心の中で項垂れながら──聞いた。

 けれど。

「だが──」

 と、カンザキが続けた。

「これはあくまでもアタシの考えだからな。アタシはそう考えているが──」


 お前はどうしたい?


 と、そう、リンフに(ゆだ)ねてきた。

 フジノが言っていたとおりだ。

 カンザキは、決めつけたり、押しつけたり、無理()いなんてしない。

 リンフのことをちゃんと考えてくれている。

 リンフは、湧き上がる色んな感情に押し流されないように一つ呼吸を置いてから。

「ここに、居たい。俺は──ここで暮らしたい」

 真っ直ぐにカンザキを見つめて、そう、答えた。

 少年と魔女の視線が交わる。

 そうしてしばらく。

 ふ、とカンザキが表情を緩めた。

「あの時と同じ目だな」

 懐かしむようにカンザキが言った。

「あの時?」

 リンフは首を傾げた。

「拾った時のお前だよ。ここに置いて欲しいって言った時と同じ目ぇしてる」

 言ってカンザキは、なんだか複雑そうな表情を浮かべた。

 その表情が意味するところを計りかねて、リンフは訊こうとしたが、その前にカンザキが言葉を続けた。

「まぁ、アタシとしては、お前がそう言ってくれて安心したよ」

 その言葉を聞いて、リンフは嬉しさで高揚(こうよう)する(かたわ)らで同時に疑問も上がってきた。

 カンザキは、リンフがコロニーに戻ることを望んでいたのでは。

 その疑問をカンザキに投げると、カンザキは苦いものを口に含んだような顔になった。それから右腕で後頭部をガリガリと()くと、答えてくれた。

「……実を言うとな、さっきのコロニーでの騒ぎでお前がコロニーに戻ることが(きび)しくなったことに気付いたんだ」

 なんだか言いにくそうに答えるカンザキ。

「俺が、騒ぎを起こしたから……?」

「いや、それだけなら問題にならなかったんだが……アタシがな」

 アタシが出て行っちまったから問題になっちまったんだ──とカンザキは言った。

 カンザキの行動がリンフをコロニーに戻すことに影響したようだ。

「……アタシら『魔女』とコロニー……『人』との確執(かくしつ)は教えたよな」

 そう言うカンザキにリンフは頷いた。


 ──魔女とは悪しきものである。


 これが、コロニーの魔女に対する認識だ。

 それを踏まえて考えれば、カンザキの言いたいことは分かった。

 カンザキは『魔女』だ。

 その『魔女』と一緒に居たとなれば──リンフは。

 リンフは仲間と見做(みな)された──見做(みな)されている(はず)だ。

 で、あるならば。

 リンフがコロニーへ入ることは──戻ることは──かなり厳しくなったと言える。

「まぁ、そういうことだからな。マズイことになったと思ったが……お前の答えを聞いて()(ゆう)に終わった」

 言ってカンザキは苦笑した。このことを言いにくそうにしたのは、己の所為(せい)でリンフがコロニーへ戻ることを(むずか)しくしてしまった罪悪感からだったようだ。

 しかしリンフはそこで──あることに気付いた。

 カンザキはリンフをコロニー戻すことを考えていた。ならば、カンザキの性格上、戻すためにと最良と最善を尽くすはずだ。そんなカンザキが──こんなうっかりミスとも思える行動をするだろうか。

 リンフを守るためとはいえ。

 コロニーに現れる、という最悪な──手荒い方法を取るだろうか。

 リンフに銃が向けられたくらいで狼狽(ろうばい)するようなカンザキでは無い。

 普段だとて、『遺跡の森』に入ってくる武装した侵入者をリンフに相手させるくらい手放しでいるのだ。ましてや今回の場合は一人の男に一つの拳銃。カンザキが焦って出てくるような状況では無い……の、だが。

 まさか。

 よもや。

 あのカンザキが。

 焦った──というのだろうか。

 出て行って助けてしまう程に。

 後先と考える間もなく──咄嗟(とっさ)に。

 助けに入った──入ってしまったと。

 けれども、どうして。

 どうして──

 と。

 不意に、カンザキが溜息を吐いた。

「それにしても……目の届くところに居るのと居ないのとでは心持ちが違うな」

 そう言って、カンザキは苦笑した。

 リンフの頭の中でフジノのセリフが思い起こされる。


『──アナタのこと、凄く大事にしてるんだわぁ』


 その言葉が心に()みる。

 その言葉を実感する。

「……カンザキさん」

 リンフは気持ちを伝えたくて目の前の魔女の名前を呼ぶ。

「ん?」

 カンザキはじゃれついてくるクロの相手をしながら返事をする。

「俺のこと……考えてくれてありがとうございます」

 リンフがそう伝えると、カンザキは一度リンフの方を見てから──珍しく照れたようで──短く、おう、と返事をするだけして再びクロの遊び相手に戻った。

 カンザキが照れるのを見てリンフは、カンザキでもそんな顔することがあるのかと驚いていた。そしてそのカンザキのリアクションで、お土産の事を思い出した。

「そうだ、カンザキさん、これ」

 不思議バスケットの傍に置いていた紙袋をカンザキに見せる。

「なんだ?」

「お、お土産」

 今度はリンフが気恥ずかしさを覚える番だった。

「アタシに土産? お前、自分が欲しいもの、ちゃんと買ったか?」

「買ったよ。それがこれなんだ」

 リンフは答えて、紙袋から中身を取り出した。

「……髪留め?」

 取り出された物を見てカンザキは眉を顰めた。

「カンザキさん、髪、結構伸びてきただろ? 俺、カンザキさんの髪をどうにか(まと)めたくて」

 透明なセロファンの包装を開けながらリンフは言う。

「……お前……マジか」

 カンザキが片手で顔を覆って呟く。

「?」

「……うん。ありがとう、な」

 そう言って顔を覆っていた手を外したカンザキが見せた嬉しそうな顔に、リンフも嬉しくなった。

「でもお前、その髪留めの使い方分かるのかよ」

「うん、お店の人に教えてもらった。……今、やってみてもいい?」

「……どーぞ」

 小さく笑ってカンザキが了承の意を示したので、リンフは髪留めを手に、カンザキの後ろに回った。

「カンザキさん、ちょっと髪留め持ってて」

「ん」

 カンザキの右手に髪留めを預けると、リンフは慣れた手付きで髪を纏めていく。そして、お店の人に教えてもらったとおりに纏め上げると、カンザキの右手から髪留めを受け取って纏めた髪を留める。

「おぉ、スッキリしていいな、コレ」

 カンザキは気に入ってくれたらしく、そんな感想を洩らした。

「よかった」

 カンザキの様子を見てリンフはさらに嬉しくなった。

 不意にカンザキが首だけでリンフを振り返った。その顔は何か言いたいことがあるように見えたが、リンフの顔を数秒見たあと、結局何も言わずに首を前に戻した。

「なに?」

「いや……なんでもねぇ」

「?」

 リンフは怪訝に思ったものの、訊いても答えてくれそうにない感じがしたので何も訊かなかった。

 それよりも。

 目の前にあるカンザキの髪に留められた翡翠(ひすい)色の髪留め。

 思った以上に似合っている。

 カンザキの反応も嬉しそうで良かった。

 リンフは満たされた気持ちで暫く──それまで大人しくしていたクロにじゃれつかれるまで──その髪留めを眺めた。

 読んで下さいましてありがとうございます。


 次回更新は7月29日になりまする。

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― 新着の感想 ―
[一言] リンフ君、髪留め気に入って貰えてよかったねぇ(近所のおばちゃん目線) 取り敢えず、無事に戻って来られたリンフ君。 カンザキさんとの距離も、縮まったような??? 魔女狩りが、再び行われなけれ…
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