魔女の心算
楽しんで頂けましたら幸いです……
「……さっきヴァイスが来てた件だが……。あれ、お前が集会でアタシの近況を話してりゃあ、ヴァイスのやつ、使いに出されることなかったんじゃねぇの?」
クロに手伝ってもらい、紅茶とビスケットをテーブルにセッティングしながらカンザキはフジノに訊いた。
カンザキと違ってフジノは欠かさず魔女の集会に行っているはずだからだ。
「んふふ、ばれたぁ?」
テーブルに両肘をつきながらいたずらっぽくフジノが笑う。
「確信犯かよ」
溜息と共にカンザキはフジノの対面に座った。
「だってぇ、話すとなると色々と面倒臭くなりそうだったんだものぉ」
集会にはサッと行ってサッと帰りたいんだものぉ、とフジノは言った。
「あー……、まぁ……そうか」
フジノの言う『色々』を察して、カンザキは納得した。
カンザキたちが籍を置いている魔女の集会では多くて十数人と集まる。そんな人数の中で皆が気に掛けているカンザキの近況、それを知っていると話せば──まぁ、すぐには帰れなくなるだろう。ともすれば質問攻めにあう羽目にもなろう。その面倒ごとをフジノが避けたことでヴァイスは難儀をする羽目になったわけだ。フジノが楽したいがためにヴァイスが犠牲になったわけである。
カンザキは心中で気の毒に思い、ヴァイスにドンマイとフォローする言葉を贈った。
「それにしても……んふふっ、お弟子ちゃんを見たときのヴァイスの顔! ものすごく驚いてて面白かったわぁ」
楽しそうに言って、フジノは紅茶をすすった。
そんなフジノを見てカンザキは、『いやもう、ホントに同情するぜ……』と声に出さず呟いた。
「そうだ、ねぇ、カンザキ。あたし、お弟子ちゃんのことで一つ気になってることがあるんだけどぉ」
カップを置きながらフジノが切り出す。
「お弟子ちゃんには『アレ』、しないのぉ?」
フジノの言葉に、カンザキは一瞬だけ表情を止めた。
「……しねぇよ」
静かにカンザキは答える。
「えぇ~? どうしてぇ~?」
ビスケットをつまみながらフジノは訊く。
カンザキはちらりと風呂場の方を見た。
「あいつをこちら側にする訳にはいかねぇからな。いずれ、人の輪に戻る身だ。人に、こんなものは要らねぇだろ」
「こんなものって……。じゃあ、何のためのお弟子ちゃんなのよぉ」
「弟子でもねぇし、何のためとかいう理由もねぇよ」
カンザキの答えにフジノは目を瞬かせた。
「じゃあ、なんで育ててるのぉ?」
「なんでって……そりゃあ、人の輪に戻す為に決まってるだろ。拾ったときに身の上話は一通り聞いたからな。生きたそうにしてたし、だったら一人で生きていけるようになるまでは居させてもいいか、と思ってな」
カンザキとしては、怪我した鳥を保護しているような感じだ。
生きていけるようになったら生きるべき場所に戻るべきだし、戻すべきだと思っている。
「ふぅん……あたしはてっきり左側に置くためなんだと思ってたわぁ。でも、そういうことだったのねぇ。うーん……因みにだけどぉ、その限定付き子育て、お弟子ちゃんは知ってるのぉ?」
「ん? そりゃどういうことだ?」
「だからぁ、いつかはここを出て行かなきゃならないってことぉ、お弟子ちゃんは分かってるのかなぁってぇ」
「そりゃあ……分かって……ん、じゃ、ねぇの?」
「なぁにぃ、その歯切れの悪い言い方ぁ」
「いや……そういやアイツにハッキリ言ったことねーから……どう考えてるんだろと思って」
「カンザキ……あんたのそういうところぉ、とても良くないと思うわぁ」
「………………」
呆れたように言うフジノに、カンザキは返す言葉が無かった。
「買い物から戻って来た後にでもお話ししたらいいんじゃないかしらぁ」
「う……、そうするわ……」
カンザキが軽く落ち込んだところで、クロがぴぃっと鳴いてカンザキの髪をついつい、と引いた。
「んぉ、支度できたか」
見ると、身支度を終えたリンフがこちらへ来るところだった。
「あらっ、それこの間買ってきたお洋服ねぇ! うふふ、似合ってるわぁ」
フジノは立ち上がって、テーブルまで来たリンフの格好をあれこれと見た。
「おー、似合ってんな-、良い感じじゃねぇか」
カンザキも立ち上がり、リンフの傍に寄っていった。
こうしてみても、本当に大きくなったもんだと思わされる。
「それじゃぁ、行きましょうかぁ」
フジノが言って、リンフがそれに頷いて応じる。
「あ、ちょっとまて」
ドアに向かおうとするのカンザキは呼び止めた。
「クロ、ちょっとそのままアタシの髪持っててなー」
カンザキの髪をつまんだままでいたクロにそう言って、カンザキはぱちんっと指を鳴らして鋏を取り出した。そして、それをクロがつまんでいる髪に滑り込ませてグリップを握り閉じた。切られた髪が、くたりとクロから垂れ下がる。そして不思議なことにその髪は、じわじわと色を変え、黒色から臙脂色へと変わっていった。カンザキは切った髪をクロから手に取ると、魔法を掛けて三つ編みにした。
「リンフ、腕出せ」
カンザキが催促すると、リンフは驚いた表情で言われるまま腕を出した。カンザキはその腕に──手首にそれを乗せると、端と端とを魔法で結んだ。ブレスレットだ。
「ちぃっと心配だからな、お守り」
言ってカンザキはリンフの頭に手をぽんっと置いた。
「心配性ねぇ。お守りって大げさじゃなぁい?」
「そうか? 備えあれば憂い無しっていうだろ」
「やだちょっとぉ、いつの時代の言葉なのよぉ」
言って、フジノは笑った。
リンフは黙ってブレスレットをじっと見ている。
「それじゃあ、行ってこい。夕飯はアタシが作っとくから」
ぽんぽん、とリンフの頭を軽く叩いてカンザキは微笑む。
「……行ってきます」
ぼそりと答えてリンフは、ブレスレットを気にしながら、フジノと共にコロニーへ向かっていった。
そして、家に一人と一匹(?)が残った。
「さーてと。夕飯の時間まで読書でもすっかなー」
カンザキはそう呟いてテーブルを片したあと、書斎に籠った。
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次回更新は7月8日です。