008「カノコ、なぞなぞを説明する」
シャワーを浴びた後、五人揃っての朝食を終えると、お母さん、お姉ちゃん、それからお義兄さんの三人は、足早にそれぞれの職場へと向かって行った。
玄関で三人を見送った私は、キッチンで五人分の洗い物を済ませ、炊飯器を予約してから、二階へ上がって昨日の片付けの続きに取り掛かった。
紙の山を必要な書類と資源ごみに分けて積み上げつつ、お昼は冷やし中華でも買ってこようか、それとも甲南そばに連れて行こうかと考えていると、隣の部屋に行ったはずのトウマくんがやってきた。
「おじゃましまんにゃわ」
まさかの、竜爺での登場。ネタを教えた犯人は明白だし、タイミングも考えて欲しい。私は、処分予定の紙の山に向かってズッコケた。
まぁ「ドアは開けたままにしてるけど、入るときは一声掛けて」と言ったのを守っているところは、偉いかな。
「どうしたの、トウマくん」
「なぞなぞが、わかんなくて」
「どんな、なぞなぞ?」
質問すると、トウマくんに、図書館のバーコードが貼ってあり、背表紙が糸綴じで補強されている児童書を見せられた。あぁ、この表紙には、なんとなく見覚えがある。たぶん、読んだことあるはずだ。中身は、スッカリ忘れてしまっているけれども。
ページをめくると、中は二色刷りで、フォントや絵柄に時代を感じる。奥付を見ると、初版が昭和五十五年とあるから、私が生まれる遥か前か。
「どの問題が分からないの?」
「えっとねぇ。たとえば、これ!」
目が三つ、歯が二つ。これなんだ?
水木しげる風のイラストが添えてあるけれど、答えは下駄。ただ、トウマくんには、下駄がピンと来ない様子。
「学校で履き替えた外靴を置く場所を、下駄箱って言わない?」
「うわぐつおきばのこと?」
そっちかぁ~。我が家も、古い下駄箱はヒールやブーツが入らないからって、スチールラックにしちゃったもんなぁ。
このあとも、今どきの子供は、八百屋でまけてもらったり、蕎麦屋の出前を目撃したりした経験が無いことが判明した。
「自転車で蒸篭を担いでるシーンは、コントなんかで見たことあるんじゃない?」
「みたことあるよ。でも、ほんもののおそばは、ちがうとおもってた。よごれちゃうし、あぶないもん」
まぁね。令和の我々からすると、ずいぶんと不衛生で危険な真似をしているように見えるわね。
「あと、これもちょっとおかしいよ」
「どれどれ」
始発駅でお客さんが五人乗り、途中で三人降り、四人乗り、五人降りました。さて、終点に着いたとき、電車の中には何人いるでしょう?
答えは、乗客、運転手、車掌の三人。文句なさそうに思うが、何が駄目なのだろう。
「お客さんが少な過ぎるってこと?」
「ううん、ちがう。ワンマンうんてんもあるし、ろっこうライナーとポートライナーは、おきゃくさんしかいないよ?」
なるほど。初版の頃には未来の乗り物だと思われていた無人列車も、今ではスッカリ神戸市民の足として定着してるもんね。
わずか四十年のあいだに、子供の目から見える世界は、かなり変わってしまったものだ。