007「カノコ、朝一番に驚く」
小鳥が囀り、レースのカーテンから柔らかな朝日が差し込む。草花に挨拶しながら、出窓を開けて大きく伸びを――。
そんな優雅な始まりかたをするはずがなく、朝も早くから心臓に悪い起こされかたをされた。
「カノコおねえさん。ねぇ、おきてよ」
「あと五分。いや、三分で良いから寝かせて」
「そんなこといってたら、まるやきになっちゃうよ。おうちがかじだよ」
「へっ! 火元は、どこ?」
がばりとタオルケットをはねのけて起き上がると、トウマくんはクスクス笑いながら急いで廊下へ向かった。そして、トントンと軽快に階段を下りながら、リビングかダイニングに居るであろう人物へ、作戦成功を報告した。
「カノコおねえさん、おきたよ」
「うまくできた?」
「うん。おばあちゃんがいったとおりだった」
まったく。純粋な五歳児に、何をやらせるんだか。孫と仲が良いことは悪いことじゃないけど、娘も大事にしてもらいたいところだ。
心の中でやり場のない怒りを溜め込みつつ、着替えを持って一階へ下りた。
「おはよう、カノコおねえさん」
「おはよう、トウマくん。どこ行くの?」
「おとうさんをおこすの!」
今度はどんなシナリオなのか気になりつつ、トウマくんとすれ違ってリビングへ向かった。
一階では、リビングのソファーでお母さんがコンパクト片手に化粧をしていた。ソファーの向かいにあるテレビからは、爽やかなエレクトーンの音色が流れ、気象予報士とおき太くんが、今朝の気温とこれからの天気を伝えている。
キッチンでは、お姉ちゃんが卵焼きでも作っている様子だ。コンロとシンクのあいだの狭い作業スペースには、空の弁当箱が大小三人分犇めき合っている。
「おはよう、カノコ。今朝の目覚めのスッキリした? 一から十で表してみて」
「ゼロよ。いい歳して、素直な男の子を誑かさないでちょうだい」
「あら、ひどいわ。か弱いお年寄りの、ささやかな楽しみを奪うなんて。家庭内暴力として訴えてやるわ!」
「どこが、か弱いお年寄りなのよ。この春の花見で職場の若い男の子と飲み比べして、圧勝だったって言ってたじゃない」
「記憶にございません」
「証拠を見せてあげよっか?」
「文書は保存期間を過ぎましたので、秘書がシュレッダーに掛けたと聞いています」
「与党幹部か!」
「アホなやり取りしてないで、さっさとシャワーを浴びてきなさいよ、カノコ」
お姉ちゃんがフライパンを持って迫って来たので、私は浴室へと移動した。