005「カノコ、キッチンで負けた気分になる」
ちちんぷいぷいを見ながらさぶれを食べ、生産性の無い話に花を咲かせているうちに、いつの間にか夕方になっていた。
庭の洗濯物を取り込むのを手伝ったり、トウマくんの遊び相手をしたりしているうちに、テレビは次の報道番組に変わり、義理の兄であるマコトさんが帰って来た。
大人四人が揃ったところで、何故かじゃんけんが始まり、一抜けしたお姉ちゃんはソファーに戻り、二番手のお母さんはトウマくんと浴室へ向かい、負けた私とマコトさんは夕飯の支度をするよう命じられた。
素麺にしても笊蕎麦にしても、食べる側は涼しいだろうが、作る側は熱湯と戦わねばならない。
それに、麺類だけでは炭水化物に偏ってしまうので、他のおかずだって用意することになる。
何はともあれ、ただいま私は寸胴鍋の前に立ち、噴きこぼれないよう見張りながら、五人前のスパゲッティーを茹でている。
だが、徳用の袋から、だいたいこんなもんだろうと目分量で掴んだせいか、水を吸って増えた麺の量に、一抹の不安を感じ始めた。
「ちょっと多かったかなぁ」
「大丈夫でしょう。僕もトウマも、よく食べますから」
「あっ、そうなんですね」
無意識に口に出していた独り言に、サラダを用意していたお義兄さんから思わぬレスポンスが来た。
私は、今は埼玉のアパートに一人で居るのではないと言い聞かせつつ、律儀な性格なんだなぁと感心した。
いや、感心すべきポイントは、それだけじゃないな。
「手際いいですね、お義兄さん」
「実家が農家だったものですから、野菜の扱いには慣れてるんです」
なるほど。新鮮な野菜が手軽に手に入る家庭環境なら、自然と扱い方にも慣れるのも頷ける。
すぐに電子レンジと電気ポットに頼る私より、よっぽど料理上手だ。なんか、負けた気がするなぁ。勝とうという気も無いし、勝てる気もしないけど。
実家が農家だということは、生まれは、このあたりでは無いのだろうか? たぶん、お姉ちゃんからは聞いてないな。
「どちらの出身でしたっけ?」
「和田山町です。十五年ほど前に、朝来市になりましたけど」
「和田山というと、但馬地方ですよね?」
「そうです。糸井渓谷や竹田城跡などの名所旧跡があり、JRの駅もあれば、国道や高速道路も通ってますから、観光には良い町です」
「それなら」
わざわざ神戸に来なくなって、地元で暮らせば良いのでは、と言いかけたが、市に合併するくらいの町だから、きっと就職先は限られているのだろう。そのあたりの事情に、部外者の私が口を挟むのは、お門違いも甚だしい。
そんな私の気持ちを察したのか、お義兄さんは、どこか遠くを見るような目をしながら言った。
「地元に残る気は、もともとありませんでしたよ。僕は次男坊ですし、それに、アキコさんのお母さんを一人にするのも心配でしたから」
「へぇ。優しいですね」
「そんなことないですよ。あっ、火を止めないと!」
「えっ? おーっとっと」
話に夢中になってしまい、危うく鍋が噴きこぼれるところだった。
年下なのに、お義兄さんの方がしっかりしてる。私も、しっかりしなきゃ。