036「カノコ、暑さに参る」
夜間の最低気温が25℃を下回らないと熱帯夜、日中の最高気温が30℃を超えると真夏日という。
連日、どこそこで真夏日だったの、どこそこでは猛暑日になるかもだのという予報が流れており、熱中症大作として、水分とミネラルの補給を忘れないよう訴えている。炎天下に中継に行かされるアナウンサーも大変だなぁと思いながら見ていたが、今朝は他人事ではない。
「あー。これは、寿命かしら。基盤がやられてる気がする」
「なおんないの?」
「こう、バシッと角を叩いたら、息を吹き返すわよ。お母さんに任せなさい!」
「そんな、昔のブラウン管テレビじゃないんですから」
家電という物は、必要としている時に限って故障するように出来ているといっても過言ではないほど、バッドタイミングで壊れる。昨日まで調子よく動いていたのに、今日になって急にご機嫌斜めになるということは、日常生活でザラにあることだ。
一階へ降りると、リビングでは、椅子に乗って懐中電灯を片手にエアコン内部を調べているお姉ちゃんと、その周りで三者三様の反応を示している野次馬の姿が目に入って来た。今朝はリビングだけでなく、ダイニングもキッチンも窓が全開で、空調は少しも効いていない。風も凪いでいるようで、むっとした湿気が溜まっている。一応、申し訳程度に扇風機が強風で首を振っているが、生温い空気が拡散されるだけで、ちっとも涼しくない。
「先月、冷蔵庫を新しくばかりだから、まとまった出費は控えたいんだけど」
「たまごが、じゅうよんこ、はいるようになったもんね」
薄々、キレイな冷蔵庫だとは思っていたが、先月に買い替えたばかりだったのか。大型家電というものは、どうして一斉に不調を訴え始めるのだろうなぁ。
「そうは言っても、アキコ。まだ、七月よ? これからドンドン暑くなるんだから、早いうちに買い替えましょうよ」
「私もお母さんに賛成。お義兄さんは、どう思います?」
「うーん。僕も、お義母さんに賛成ですね。アキコさんの意見も、分からないではないですけど」
このあと、決断を渋るお姉ちゃんを私とお母さんとで説得して、我が家のエアコンは買い替える運びとなった。どうやら、この時期は企業側も買い替えの需要を狙っているようで、家電量販店では、こぞって大特価セールを展開している。
文字色レッド、フォント角ゴシックポップ体、太字下線付きで書かれた値段を見比べた結果、青木にあるショッピングセンター、サンシャインワーフへ行くことに決まった。目的はヤマダ電機でエアコンを見ることだが、同じセンター内になるびっくりドンキーでお昼にしようとお義兄さんが言った途端、トウマくんは、そちらに心を奪われたようだった。
「それじゃ、お願いね。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
お義兄さんがお姉ちゃんを普通に送り出している横で、私とトウマくんは、出社を嫌がるお母さんの相手をしていた。
「あぁ。今日は仕事、休もうかしら。私も、トウマくんとお出掛けしたい」
「何言ってるのよ、お母さん。ツアー客が待たせるわけにはいけないんだから、早く行かなきゃ」
「行程表と台本を渡すから、カノコがガイドしなさいよ。今日は日本人だから、大丈夫よ」
「はいはい。いい歳して、駄々をこねない」
「いってらっしゃい、おばあちゃん」
「行ってきまーす」
比喩ではなく物理的に背中を押して外へ出すと、お母さんは仕方なさを滲ませながら、駅へと向かって行った。やれやれ。朝っぱらから、余計な運動をさせないで欲しいものだ。




