033「カノコ、カレー作りを教える」
この極東の島国には、なぜか家庭の味としてカレーが存在する。まぁ、インドから英国を経由して伝わった舶来の料理が、どうして和の文化に馴染んでいったかは、諸説あるので割愛しよう。とにかく、夕食のメインはカレーに決まった。調理も比較的簡単で、トウマくんにも手伝わせやすい。ついでに言えば、今日は金曜でもある。
「さて、トウマくんに質問です。カレーを作るのに必要なものは、何ですか?」
「はい! やるきと、げんきと、あいじょうです!」
「ウーン、おしい!」
挙手をして「どうだ、正解だろう?」と言わんばかりに、トウマくんは自信満々で答えた。あながち間違ってはいないが、こちらが意図する答えとズレているので、何とも言えない。ここは、質問の仕方を変えよう。
「言い方を変えましょう。カレーは、何から作られますか?」
「はいはい! おなべか、でんしれんじ!」
「えーっとねぇ。それも、ちょっと違うなぁ」
日頃、菊原家では、カレーはレトルトで済ませているのだろうか? 共働きで忙しいのは分かるが、これでは教育によろしくない。
このままでは正解が出ないまま時間だけが徒に過ぎてしまいそうなので、私は包丁やまな板の周りに、ダイエーで買ってきた材料を並べていくことにした。
「まずは、カレーに入れるお野菜を用意します。今日はジャガイモと人参は使わずに、今が旬の食材を用意しました」
「しゅんって、なに?」
「食べると美味しい季節のことよ。この、茄子とピーマンとトマトを入れます」
「えー。ぜんせん、カレーっぽくない!」
早速のブーイングだが、めげずに次の食材を紹介していく。
「これに、玉ネギと合い挽き肉を加えて、最後にルーを入れるとカレーになります」
「ジャワ、カレー。ジャワって、どんなあじ?」
トウマくんと一緒だと、斜め上の質問が飛んでくるものだな。ジャワは東南アジアに浮かぶ島の名前だと説明した後で、いよいよカレー作りをスタートした。
玉ネギの皮を剥き、ピーマンの種を取り、トマトと茄子のヘタを切り落としたら、いよいよトウマくんの出番。
「この夏野菜たちを、食べやすい大きさに切っていきます。だいたい、二センチくらいかな」
「にせんちって、どれくらい?」
「そうねぇ……」
トウマくんがIKEAで買ってきたナイフを持ち、茄子をまな板に置いて首を傾げてきた。目安になる大きさが何かと考えていると、唐突に後ろから声を掛けられた。
「一円玉の大きさよ!」
「きゃっ!」
「うわっ!」
現れたのは、梅野家の歩くトラブルメーカーこと、お母さんだ。いや、真っ赤なスーツからお母さんに違いないと判断したのだが、目元を派手なベネチアンマスクで隠しているので、ひょっとしたら、仮面舞踏会から抜け出した貴族かもしれない。どちらにしても悪ふざけが過ぎるので、冷たくあしらうことにする。だって、トウマくんが固まってしまってるんだもの。
「どちらさまですか?」
「いやぁ、ねぇ、カノコったら、他人行儀なんだから。生みの親を忘れちゃったの?」
「あっ、おばあちゃんだ!」
トウマくんは、仮面の下の素顔を見て、ようやく気が付いたらしい。
「何作ってるの、トウマくん?」
「カレーだよ。いまがしゅんなの」
「あら、そう。カレーにも、旬があったのね」
やれやれ。ボケ2:ツッコミ1では、負担が大きすぎる。お母さんのボケは、スルーすることにしよう。




