002「カノコ、アキコの愚痴を聞く」
お姉ちゃんが手を離せなかったのは、ちょうど雪平鍋でチキンラーメンを茹でているところだったからだ。
さっきまで、私が弁当を食べている横で、お姉ちゃんとトウマくんは、ポールウインナーと刻み葱がトッピングされたラーメンを啜っていた。
薄いピンクのソーセージを美味しそうに頬張る姿を見ながら、ようやく私は、関西に戻って来たんだなぁとしみじみ実感していた。今日が土曜日なら、チャンネルをよしもと新喜劇に合わせているところだ。
「だって、今日中に帰ってくるって言ってたじゃない」
「そりゃ、そうだけど。私じゃなくて強盗だったら、どうするつもりよ?」
「うちは、ぎんこうじゃないよ?」
「トウマ。静かに出来ないんだったら、ちょっとお二階へ行っててちょうだい」
「なんで?」
「お母さん、込み入ったお話をしなくちゃならないから」
「しょうがないなぁ」
鉛筆でお絵描きをしていたトウマくんは、表紙に水鳥のモノクロ写真がプリントされた自由帳を閉じると、不満そうに口をとがらせつつ、二階へと上がって行った。
足音が聞こえなくなった頃合いを見計らって、お姉ちゃんはキッチンから麦茶の入ったグラスを二つ持ってきて、一つを私に渡しながら隣に座り、話しかけてきた。
あっ、よく見たら、普通のグラスじゃなくてモロゾフのプリン容器だわ。
「それで、なにか当てはあるの?」
「仕事の伝手も無いし、お付き合いしてる相手も居ないわ」
「あら、そう。どうせ、そんなところだろうと思ってたわ。まぁ、焦らず探せばいいと思うけど、タダではねぇ?」
奥歯に物が挟まったような口調だこと。所帯を持ってから、お姉ちゃんも性格が変わったなぁ。
「何よ。押しつけたいことがあるなら、ハッキリ言えば良いじゃない」
「そういう言い方は無いでしょ。でも、頼みたいことがあるのは、たしかよ」
「やっぱり。で、何をすればいいの?」
「私もマコトさんも、土日に休めるとは限らないでしょ? 幼稚園は夏休みでも、企業の盆休みは、まだまだ先だし、それにお母さんだって、定年まで仕事を続けたいみたいだし、最近は、どこの保育所もいっぱいいっぱいだし。だから」
「分かった。要するに、トウマくんの世話をしろっていうのね?」
「話が早くて助かるわ。いいかしら?」
言葉の上では依頼要請に聞こえなくもないが、お姉ちゃんの顔を見れば、これが至上命令であることは明白だ。
結局のところ、私は非常任理事国よろしく、拒否権を発動することができず、今後の身の振り方が決まるまでの間、トウマくんの面倒を看ることになったのだった。