011「カノコ、コが付く名前にこだわる」
この国で子が付く名前が流行したのは、1980年代まで。母の同級生は○○子という女性ばかりだが、姉の同級生にも、私の同級生にも、子が付く女性は少ない。これは、生命保険会社が統計したデータでも証明されている。
どうして時代遅れの名前を付けたのかは、名付け親であるお父さんに聞きそびれてしまったので、今となっては、真相は藪の中だ。だがまぁ、推測するに、保守的な名前の方が年長者からの覚えが良く、可愛がられやすいと考えたのだろうと思う。
「どっちが、たくさんはいってるとおもう?」
「うーん。どっちも同じ量なんじゃないかしら」
「そうかな。まようなぁ~」
岡本駅の改札から歩いて数歩の場所にあるコープこうべの一階で、トウマくんはお菓子の棚からきのこの山とたけのこの里を手に取り、どちらにするか悩んでいる。同じ棚には、ビスコやカプリコ、たべっ子どうぶつなども並んでいる。お菓子にも、コが多いな。
「お姉さん、二階でお野菜とかお化粧品とか見てくるから、じっくり選んでいいわよ」
「わかった。にかいだね?」
「あっ、いや。トウマくんは、ここに居て。すぐに戻ってくるから」
「はーい」
この暑い時期に、チョコレートは融けてしまわないだろうか? まぁ、すぐに家に帰れば良いか。
そんなことを頭の片隅で考えつつ、私は二階へ行き、スマホにメモしてある買い物リストを消化していく。中には、トウマくんに見せられないデリケートな商品もあるので、それはお豆腐や卵で周囲をブロックする。レジを通す時まで隠して置けば、バーコードを読み取ったあとすぐに店員さんが紙袋に入れてくれるので、ひと安心なのだ。
さて。それでは一階に戻ろう。
私の姿を見かけるやいなや、トウマくんは小走りでやってきた。が、手には何も持っていない。諦めたのだろうか?
「ねぇ、カノコおねえさん」
「なぁに、トウマくん。先に言っておくけど、おやつは一つだけよ?」
「ちがうちがう。おかしじゃなくて、アイスでもいい?」
なんだ、そういうことか。まぁ、外の暑さを考えたら、冷たい物が欲しくなるわね。
トウマくんの申し出を了承すると、アイスが並んでいる冷凍棚の方へと移動した。
「あずきバーある?」
「意外と渋いのね。あずきは無いけど、近いバーならあるわ」
「どんなバー? バーモント?」
「華麗な大冒険ね。アイス界の革命児」
「おうじさまはでてくる?」
「お姫さまを救いに行くの?」
「そうそう」
連想ゲームで話を飛躍させていると、トウマくんはアッサリと脱線したトロッコを鉄路に戻した。
「で、なにバーなの?」
「抹茶バーよ。他にも、チョコバーや、バニラバーもあるけど」
「うーん。あっ、これにする!」
トウマくんが選んだのは、箱入りのパピコだった。
ひょっとしたら、子供はコが付く商品に親しみを覚えるのかもしれないなぁ。そんなことを考えつつ、カゴの端を持ちながら「とけちゃうから、はやく」と言ってきかないトウマくんに急かされるようにして、レジへと急いだ。