001「カノコ、神戸に降り立つ」
海の日と山の日に挟まれる形で東京五輪が開催されている頃のこと。私は荷物をまとめて首都圏を離れ、海と山に挟まれた街、神戸へと戻ってきた。
キャリーバッグをゴロゴロと音を立てて引っ張り、重い足取りで久々の我が家へと向かっていたわけだが、普通列車を降りて早々、十年という歳月の長さを如実に感じた。
「駅が、めっちゃ綺麗になってる」
実家の最寄り駅である摂津本山駅は、大きく様変わりしていた。
木造瓦屋根で、バリアフリーとは縁遠い駅舎だったという記憶を軽く裏切り、エスカレーターやエレベーター、おまけにコンビニやドラッグストアまで完備された、ガラス張りのオシャレな空間が広がっているではないか。
前衛的な手品を見せられたような当惑を隠せないながらも、私は専門学校時代に買った傷だらけのICOCAをトートバッグにしまい、適当にほうじ茶と弁当を買ってから駅の北側へと降りた。
実家は、駅から十分少々歩いたところにある建売住宅。両隣にも色違いで同じようなデザインの家が連なる無個性な二階建ての我が家は、いかにも小役人が好きそうな風貌をしている。
安定感があるといえなくもない外観だが、私は小さい頃から、一刻も早くこの家とおさらばしたいと思い続けていた。
「なのに、戻ってきちゃったなぁ」
専門学校を卒業して上京してから、この家に戻ってきたのは、七年前に地方公務員だった父が他界した時だけだ。
それから一年後、喪が明けてすぐに姉が結婚したが、それからは、一度も敷居を跨いでいない。いま、この家に住んでいるのは、母と姉と、姉の夫である義理の兄、それから、
「おばちゃん、だぁれ?」
姉と義兄の一人息子、つまり私の甥っ子。今日からしばらくは、以上の四人と一緒に過ごさなければならない。
それにしても、帰宅直後にとんだご挨拶だな。初対面だぞ。
「ママの妹のカノコだけど、ママから聞いてない?」
「ママじゃなくて、おかあさん」
そう来たか。なら、私も訂正しておこう。
「おばちゃんじゃなくて、お姉さん」
「カノコおねえさん?」
「そう。お母さんは、まだ帰ってないの? お祖母ちゃんでもいいけど」
「おかあさんならいるよ。ちょっとてがはなせないから、たくはいびんのおにいさんなら、まってもらってちょうだいって。ところでおねえさんは、あやしいひと?」
おや? 先に送った荷物が、まだ届いてないのだろうか。
それよりお姉ちゃんに、怪しい人物に遭った時の対処法を、もう一度教え直すように言っておくべきだな。ストレートに不審者かどうか訊かれて、素直に悪人だと認める馬鹿はいない。
「あやしくないわ。仕事と新居が見つかるまでの間、この家に住むことになったの。よろしくね」
「えっ、なんで? カノコおねえさん、ホームレスなの?」
まったく。この家の教育は、どうなっているのだろう。
私には、これから起こるであろう困難が容易に予想できてしまい、暗澹たる気持ちでいっぱいになった。




