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神保町の空気

作者: 高草木喬


それとなく、今日は心地が良いと思える日だった。


焼けるように蒸し暑かった九月が終わると、にわかに気温は平年並みとなったが、

それは十月も半ばにして」やっと秋の香りがし始めたということで、


大雨や洪水、台風の天変地異が毎年のように起こることもあって、

いよいよこの世の終わりか、といった感があった。


しかし、いざ秋風が軽く吹けば、ほんの数日前の大雨も

嘘のような爽やかな乾きと冷たさで、人の心の移ろいは空模様もかくや、

と自嘲気味になってしまう。



自分は、こういう爽やかで涼しい秋の日には大学から多少歩いて帰る、

ということを心に決めていた。


それは大学一年生の頃からのちょっとした習慣、

というよりは慣習といった部分で、なんとなく街を歩いていると

自分が社会の一部であることを実感できるという思い込みがあり、


それを何回も繰り返してはそういう思い込み、勘違いを深めるのだった。



通っている大学は文京区のちょうど真ん中あたりという

素晴らしい立地にあり、数万人の学生が各地から足繁く通っている。


茨城から来る人も知っているが、それは極端としても

都内外から通う人は多いらしく、それらの人は鉄道の発展に

感謝申し上げていることだろうと思う。



白山通り、という都内では数えるほどの大通りがある。


自分が言うところの慣習とは、その大学沿いの道を

とぼとぼと神保町あたりまで歩くことで、それ以外は含まないのが常だった。


片側三車線に自転車レーンも含めた広大な道路、

その左右に銀杏を中心とした植栽のある、ほどほどに広い歩道があり、

その道を数キロ、足早にキョロキョロしながら歩く。


それを散歩と呼んで憚らないのが自分だ。



特に好きなのは、水道橋の高架下を超えてから神保町のあたりまでの道で、

初秋の少し乾いた空気、それも雨後で路面がほんのりと濡れていると良い。


銀杏の並木、古本屋の軒先、淋しいレコード屋、食べ物屋の行列、学生の集団。


すべてが心地よく、爽やかに肌寒い感覚と合っている。


趣味で読むのか、仕事で使うのか、学問に供するのか、本を探す人。


足早にレコード屋に入っていく人。


何かラーメン屋か、良い香りのする軒先に列をなす人。人。人。


どこを向いても人まみれで息が詰まる東京で、これほど落ち着く場所を知らない。


別に自分が店に入ったり、飯を食べたりする必要はない。


ただその空間に存在するだけで、心地が良い。


あの界隈はそんな場所だと思う。


だから、心地の良い秋風が吹く、そんな日にはちょっと歩いて帰る。


そんな慣習が自分にはある。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章に作者さまの呼吸が感じられて、その肩の力の抜けた歩みが書店街の空気とも合っています。 [一言] 読ませていただきありがとうございました。
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